王宮秘匿記録と“見ているもの”
――見つけた。
その声は、耳ではなく、頭の奥に直接響いた。
ユイトの指先が、本の上で止まる。
「……今、聞こえましたか」
「ええ」
リシェリアは迷いなく頷いた。
表情は落ち着いているが、その瞳の奥にわずかな緊張が走っている。
「それ、普通じゃないわよね?」
「普通の本が喋るなら、この図書院はとっくに崩壊しています」
「それもそうね」
軽口のようで、実際は笑えない状況だった。
ユイトはゆっくりと本を開いた。
――王宮秘匿記録。
古い紙の匂いが広がる。
だが、それ以上に強いのは“視線”だった。
見られている。
本を開いた瞬間から、明確に。
ページの奥から、何かがこちらを覗いている。
「……殿下、離れてください」
「嫌」
「即答しないでください」
「もう慣れてるもの」
リシェリアはユイトの隣に立ったまま、ページを覗き込む。
距離が近い。
だが今は、それを気にしている余裕はなかった。
ユイトはページをめくる。
文字は古いが、読めないほどではない。
ただし――
「……おかしい」
「なにが?」
「記録の形式が崩れています」
通常、王宮の記録は厳密な書式で統一されている。
日付、記録者、内容、署名。
だがこの本は違った。
文章が途中で途切れ、同じ言葉が何度も繰り返され、まるで誰かの“思考”がそのまま書き殴られているようだった。
「……読むわよ」
リシェリアが小さく呟く。
ユイトは頷いた。
そして、声に出して読み上げる。
「――第七記録。対象、王族血統……異常なし」
問題はない。
普通の記録だ。
だが、次の行。
「……“あれ”はまだ気づいていない」
空気が変わる。
ユイトの声が、わずかに低くなる。
「記録者、続行――王女の隔離は成功」
リシェリアの肩がわずかに揺れた。
だが彼女は何も言わない。
ユイトは読み続ける。
「しかし、観測は継続する。“あれ”は必ず――」
その瞬間。
文字が、動いた。
「っ……!」
ユイトは本を閉じようとした。
だが、遅い。
ページの文字が黒く滲み、形を変え、浮かび上がる。
まるで、こちらを見ている“目”のように。
「ユイト!」
「離れてください!」
黒い何かが、本から溢れ出す。
煙のようで、影のようで、形を持たない存在。
だが、それは確実に“意志”を持っていた。
そして――
こちらを、認識した。
――見つけた。
再び、声が響く。
今度ははっきりと。
ユイトの頭の奥に、直接。
「来るな……!」
思わず叫ぶ。
だが、それは止まらない。
黒い影が、ユイトへと伸びる。
その時だった。
「――そこまでよ」
リシェリアの声が、空気を切り裂いた。
赤い瞳が、強く光る。
「王家の名において命じる。退きなさい」
空間が、震えた。
目に見えない圧力が、部屋全体を包み込む。
黒い影が、わずかに揺れる。
だが――
止まらない。
「効かない……?」
リシェリアの声に、初めて焦りが混じる。
その瞬間。
ユイトは理解した。
これは“命令”では止まらない。
なら――
「読むしかない……!」
「は?」
「これは、本です!」
ユイトは再びページを開いた。
黒い影が迫る中で。
逃げるのではなく、向き合う。
それが、司書のやり方だった。
「……続行します」
声が震える。
だが、止めない。
「“あれ”は王宮内部に存在する」
影が、一瞬だけ止まった。
「正体不明。観測不可。だが確実に――」
ユイトの灰色の魔力が、わずかに揺れる。
「“見ている”」
その言葉と同時に。
黒い影が、弾けた。
まるで、言葉に反応したかのように。
空間が静まる。
影は消えた。
本は、ただの紙の塊へと戻る。
「……終わった?」
リシェリアが小さく呟く。
ユイトはしばらく動けなかった。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
「……一時的に、です」
「一時的?」
「はい。これはまだ“続いている”」
ユイトは本を見つめる。
さっきまでの気配は消えている。
だが、確実に“何か”が残っている。
「殿下」
「なに?」
「この本、危険です」
「知ってる」
「想像以上に」
「それも知ってる」
リシェリアは微笑んだ。
だが、その笑みは少しだけ強がっているようにも見えた。
「だから、あなたが必要なの」
ユイトは言葉を失う。
そして、静かに本を閉じた。
「……王宮の中に、何かいる」
「ええ」
「それが、あなたを見ている」
「ええ」
「そして、私も見られた」
沈黙が落ちる。
重く、冷たい沈黙。
だがそれは、恐怖だけではなかった。
確信だった。
この物語は、もう後戻りできないところまで来ている。
ユイトは顔を上げた。
灰色の瞳が、まっすぐ前を向く。
「……読み続けます」
リシェリアが、少しだけ驚いた顔をする。
「怖くないの?」
「怖いです」
「じゃあなんで」
ユイトは答えた。
迷いなく。
「司書なので」
一瞬の沈黙。
そして――
リシェリアは、小さく笑った。
「本当に変な人」
「三回目です」
「じゃあ、もう慣れて」
彼女は本棚に背を預けながら言った。
「ここからが本番よ、ユイト」
その言葉は、予言のようだった。
王宮の闇。
見えない“何か”。
そして、禁書に刻まれた真実。
すべてが、少しずつ繋がり始めていた。
灰の司書と、幽閉王女。
二人の物語は――
確実に、世界の核心へと近づいている。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
第3話では、ついに「王宮の闇」と“見ている存在”の気配が明確になりました。
ただの禁書ではなく、
・王宮内部に潜む“何か”
・王女の隔離の本当の理由
・ユイトの灰の力が通用する理由
すべてが少しずつ繋がり始めています。
次の第4話では
・“見ている存在”の正体にさらに踏み込み
・王宮側の動き
・二人に迫る危機
が一気に加速します。
物語が本格的に動き出す重要な回になりますので、ぜひ続きも読んでいただけると嬉しいです!
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