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20/21

空の羊飼い5

初めてのメロンパン訓練開始から、回数を増やすごとに往復の所要時間は短くなっていった。

半日での往復を達成したことで、休みをもらえることになっている。

だが、メロンパン訓練を三日ごとに行っているせいでロークの負担も増えている。


申し訳なさもあり、そのままにしていたが――

「いい加減に休め!」


ロークにそう言われ、ありがたく休みをとることになった。

ヴァリセアでゆっくり過ごすのも久しぶりだ。移動には普通の馬を使うので、王都から移動すると三日以上かかることになる。

そんなに時間をかけるのは、少しもったいない気もする。

一日ヴァリセアに滞在して、すぐにまた王都に戻ることになる。

休みと言えるのかは微妙だが、久しぶりに地元で一日ゆっくり過ごせるのは、まぁ、いいものだ。

明日、ブレーに挨拶をしてから、ヴァリセアへ向かおう。


王都をたってから、四日目にヴァリセアに着いた。すでに夕方。天馬での移動に慣れている身からすれば、かなりのんびりした旅だった。

騎士団本部に行き、無事到着を報告。王都への連絡を頼む。

明日はゆっくり過ごし、その後また王都へ向かう予定だ。

暇すぎて手持ち無沙汰になるかもな。

――そう思っていた。


翌朝。

騎士が扉をたたく音で目が覚めた。

「緊急招集だ」

一体、何だ。


騎士団本部に向かい、説明を受ける。

魔獣化したイナゴの大量発生を確認。通常の蝗害でも大事だが、大型化個体も確認されている。

早期の完全駆除が必要との判断だった。

王都へすでに応援要請をし、精鋭部隊が魔法陣でこちらに来るらしい。

詳しい指示は、王都からの応援部隊を待つことになる。当然、休暇はお預けだ。



王都からの応援部隊は、ほんの数名と天馬二頭だった。

緊急を要する案件、魔法陣での移動対象だ。

指揮を執るのはカーディ。他、トップ、天馬隊隊長、ヒーラー、そして天馬二頭――フィンとブレーだ。


ただし、殲滅を担当するトップは現在就寝中なので、起床までをみなで乗り切るしかない。

「それまでに準備を整える必要がある」

カーディの一言で、方針が決まった。


殲滅場所は郊外の盆地が選ばれた。

天馬隊の役目はただ一つ。

イナゴの群れを維持し、誘導することだった。

魔獣化したイナゴは、密集しすぎると大型化する恐れがある。

だが、散らしすぎれば統制が取れなくなる。

間隔を保ちつつ、群れをまとめる。

そのため、役割は明確に分けられた。


フィンと隊長が前方でフェロモンを用い、群れの進行方向を誘導する。

ブレーと俺は後方につき、逸れた個体を戻しながら群れを維持する。

いわば、牧羊犬の役目だ。

地上では風魔法使いと騎士団が並走し、必要に応じて変態抑制剤を散布するフォローを行う。

状況によっては、俺も散布に加わる。

天馬部隊はシールドで守られている。

だがその分、天馬同士での直接支援はできない。

各自が、自分の持ち場を守るしかない。


また、万が一、群れが気流にのると遠方まで一気に移動することになる。絶対に気流にのせることは避けなければならない。

ということは、天馬も長時間の自力飛行となる。天馬も人もかなりの重労働だ。


そして――

トップが起きるのは、ちょうど昼前。殲滅場所は盆地だ。

気流が発生しやすい状況だ。直前まで気が抜けない。

トップが始動する時、誘導された群れを一箇所に集約させ、一気に殲滅だ。


長時間の任務のため、準備が必要だ。あと、チームで事前に打ち合わせもしておきたい。

隊長のところに向かう際に、カーディに声をかけられる。


「ちょうど現場にいるとはねぇ。さすが、君、持ってるね」

「……休暇の予定だったんですが」

「まぁ、世の中、そんなもん。でも結局王都にいても派遣されてたんじゃない?」

「そうでしょうか」

「たぶんね」

「もしかして、こういう状況を想定されていたのですか?」

「まさか。神じゃないって。でも、君が使えたらいいな、までは考えてたけどね」



ブレーに跨り、空へ出る。フィンと隊長に並んだ。

フィンとともに高みへ移動すると、視界が一気に開けた。

乾いた風が頬を打つ。

前方、地平線の上に黒い帯が揺れていた。

イナゴの群れだ。


フォン、という音がしてシールドが発動する。淡い光に包まれる。

数が多すぎる。砂嵐のような音。

黒い波が空を覆うように広がり、ゆっくりと、しかし確実に進んでいる。

視界が、一瞬で黒に塗りつぶされた。

「距離を保て。散らすな」

隊長の指示を思い出す。

フィンと隊長が前に出る。

わずかに進路をずらしながら、フェロモンで群れを引く。

黒い波が金の天馬を追っていく。

俺とブレーは後ろについた。

逸れた黒い支流が、外へ外へと流れていく。

それをゆっくりと押し戻す。

寄せすぎれば、密集する。

離しすぎれば、崩れる。

急に動けば刺激となる。

流れを読む。


――面倒な仕事だ。

フェロモンの袋にイナゴが群がり、黒く覆うように張り付いていた。隊長がロープを握り、フィンの負担を支える。その後、ロープを引いて落とすが、イナゴはほとんど剥がれない。


「ブレー、右だ」

ブレーが翼を傾け、群れの縁をなぞるように滑った。群がったイナゴが離れる。

並走する風魔法使いも、流れを読むように風を送り、群れの偏りを整えている。

だが、油断すると黒い波はすぐに崩れる。シールドに、ぱちぱちとイナゴが当たる。

音と振動が細かく続く。


――地味に、不愉快だな。

天馬の疲労が溜まる前にポーションを補給したほうがよさそうだ。

出発前に配布された馬用のポーションキャンディをとりだす。

合図を送ると、ブレーが首を曲げる。

タイミングを合わせ、身体を前に滑らせる。口元へ差し出す。

わずかにずれて失敗。 もう一度。

今度は合った。ブレーがそれを噛み取り、すぐに前を向く。


「……よし」

首を軽くたたいて、すぐに体勢を戻す。

まだトップが起動するまでに時間がある。群れを目的地まで連れて行く。



予定通り、昼近くに目的地に着く。群れを盆地に誘い込み、まずは誘導は完了だ。

隊長が指定の場所へフェロモンを落とすと、黒い塊が勢いよくそこへ流れ込む。

群れが散開しすぎるとまずい。すかさず、カーディの指示が飛ぶ。

「天馬、群れをあげろ!」


――降下だ。

ブレーに合図すると同時に一直線に急降下する。

地面すれすれまで下がり、群れを押し上げる。

予想に反して、ブレーは勢いのまま地上に降りた。


――止まらない。

一瞬、視界が跳ねる。

首を下げ、走る。いや、突っ込む。

地面のイナゴが蹂躙されていく。シールドに当たり、弾かれて落ちていく。

こちらも身体を添わせ、抵抗を殺す。


中型が行く手にいる。ブレーが大きく跳躍し、その勢いのまま踏み潰した。

大型の天馬の勢いに、黒い帯が押し上がる。

そのまま端まで抜けると、ブレーは翼を広げた。

急上昇。

ブレーが直線に抜けようとする。

違う。手綱をわずかに引き、脚で合図を送る。

一瞬、抵抗を感じたが、すぐに姿勢を変えた。群れの外縁をなぞるように、回りながら高度を上げる。

ばらけかけた群れが、引き戻される。

今までの距離を保った飛行とは違う、思い切った動きだ。


……鬱憤でも溜まっていたか。

ブレーらしい。


大型、中型も発生した。生臭い匂いの中で地上はすでに激しい交戦が始まっている。

トップの起床まで、あと少し。

カーディの指示が飛ぶ。黒い帯が波打つ。

駆除完了までの時間が告げられる。

あと、三十分。

あと、二十分。


……まだ終わらない。


カーディの声が飛ぶ。

「あと三分〜。フェロモン全開。風魔法で上空にまとめろ」


羽音が頭上で渦を巻く。

「あと一分〜」


地上に降りてもいいのだが、なぜか空中に留まっていたかった。

ブレーもフィンも同じだったようだ。


あと少しだ。

「位置良し」と報告する。

カーディが「いい感じ〜」と返してくる。


「あと三十秒〜」


あと少し。

カウントダウンが入る。

やっとだ。


「……10」

「9」

「8」

「7」

「6」

「5」

「4」


「シールド、遮光」

闇の中。

「目を閉じて〜」


「3」

「2」

「1、ファイア」


閃光。

無音。シールド越しに風が叩きつけられる。

数秒後、爆発音が遅れて届いた。

その後、微かにフォンと音がしてシールドが消える。

圧が抜ける。青空が眩しい。その中で小さな黒い灰が舞っていた。

そして、地面には大きなクレーターが残っていた。

終わった。



「駆除完了! みんな、よくやった!

これから、焼却するよ〜。リオ、地形変わるから、イナゴ拾いと焼却だけよろしく〜」

とカーディは拡声魔法で皆にあらためて指示をだした。


確かにトップがなにかやろうとすると危なそうだ。

隊長と空から改めて状況を確認するが、問題はなさそうだ。

地上に降りようとした時に、「ピィ!」と声が聞こえ、振り向くと、緑の小鳥が浮かんでいた。


「……ぐり?」


「ピーピー!ジャー!」必死にこちらに向かってさえずっている。


「ヒュリか?」と尋ねると

「ピー!」と答え、踵を返していく。


隊長に声をかけるのも忘れ、移動の指示をだす。ブレーは素直に小鳥についていってくれた。


ぐりはこちらも待たずに飛んでいく。

見失わないようについていくと、ヒュリが1人佇んでいた。まわりの冒険者が声掛けをしているようだが、ヒュリは動かない。様子がおかしい。

一瞬、血の気が引いた。

急ぎ、天馬を降り、「ヒュリ!大丈夫か!?」と走りながら声を掛ける。

「動けないだけ」と小さく答えが返ってきて、ほっとする。


ヒュリが持っていた帽子と薙刀を預かり、ブレーに預ける。

ブレーは静かに横についた。

おぶると、くたりともたれかかってきた。

ブレーが近づいてきて、髪の毛をふんふんとかいでいるのも、全く気がついていない。 


降りてきたカーディがヒュリに近づき、声をかけ、帰宅を促す。

やっぱり気に入っているな。


少しするとヒュリはだいぶ落ち着いたようで、ポケットからキャンディをとりだして、舐め始めた。

これならまずは安心だな。ぐりは見守るようにヒュリの膝にのり、ブレーは少し離れたところからヒュリの様子を伺っている。


この様子なら、帰宅させても大丈夫だろう。

一人で帰すのは気がかりだが、ぐりがいる。

わずかな不安を押し込み、馬車に乗せて見送った。



ヒュリを見送ったあと、ブレーは隊長に任せ、後処理に参加した。

角砂糖は全部終わってからのご褒美だ。悪いが、待っててくれ。

天馬二頭はやはり疲れたのだろう。大人しく寄り添い、鼻を近づけて挨拶を交わしていた。

巨大なクレーターからは、イナゴを焼却する炎が見える。地上部隊の成果だ。


後処理もほぼ終わり、魅入られるように炎を見ていると、

「ガレン、お疲れ様」

トップが声をかけてくれた。


あれだけの魔力を使ったとは思えないほど、いつも通りの姿だ。

四日ぶりだが、ひどく久しぶりに感じる。


「トップこそ、お疲れ様です。どうもありがとうございました」

「メロンパン訓練、しっかり役に立ったね」

「はい。お陰様で。わたしもブレーも耐えられました」

「うんうん。やったかいがあったってもんだね。でさ、さっき話してた子、メロンパンネちゃん?」

……どうやら随分前から見ていたらしい。

「はい」

「ガレンもカーディも、緑の小鳥も、ずいぶん心配してたみたいだけど」

「後処理は無理だろうと、帰らせました」

「そうだね。それがいいね。僕だけ仲間外れはさみしいから、今度紹介してね」

「…はあ」

「しかし、とんだ休暇だったねぇ。ある意味、ガレン、持ってるよね」

「それ、カーディさんにも言われました」

「じゃ、あと一人にいわれたら確定だ」

「……まさか」

「よく言うでしょ。ひとつ、ふたつ、みっつ、たくさん」

「そんな話、初めて聞きました」

「あれ、そう? じゃ、覚えといて。損はないよ」

「はい。覚えました。そういえば、トップ、かなり起床時間ずれてますね」

「あ〜、ガレンいなくて、ロークにわがままいっちゃった」

「そうですか」

「怒る?」

「怒りませんよ」

「だって、もっと早く起きていたらさ」

「いえ、トップお一人が引き受けることじゃないですよ。皆で対応すべきことです」

「……やさしいね」

「当然でしょう。トップだって人ですよ」

「……やっぱり、ガレンって、いいやつだね」

その言葉に、どう返すべきか少し迷った。




後日談

ヴァリセアのイナゴ駆除からしばらくして、フィンの妊娠が発覚した。

天馬の繁殖率は低い。めでたいニュースだ。フィンの番はブレー。お似合いだ。

だが、天馬隊の空気はどこか微妙だ。

素直に喜んでいるのは、エリアスくらいか。


「いいことじゃないか?」と聞くと、

「……いや、わかるんだよ」

「うん、わかる」

「わかるんだけどさ……」

「いや、めでたいことなんだ。お似合いだしな。でもな、フィンは俺達のアイドルだったんだよ。あれだ、いうなればアイドルを不良にかっさらわれた気分。おまけにそいつが俺たちから見てもかっこいい。文句もいえない。この微妙に残念な気持ち、わかるだろ?」

「うーん」

アイドルだしな。お似合いならいいと思うが。

「……こいつ、わかってないな」

「じゃあ、あれだ。仲が良い女友達がいるだろ。別につきあっているわけじゃない。でも、その子がこの人と結婚するの、とかいって知らない男を紹介してくる。なんかもやらないか?」


――ヒュリを思い浮かべる。

ヒュリが知らない男を連れてきて、「結婚する」と紹介されたら、確かに、もやるかもしれん。

……いや、多分、もやる。


「……わかった気がする」と答えると、

「だろ!それだ!」「そういうの、いるのかよ!」と騒がしい。


「まぁ、俺達はまだ軽症だ。隊長は涙目だったぞ」

「もう、娘みたいなもんだからな」

「ブレーは優しいやつだ、って自分に言い聞かせていた」

「ほぉ」

「ダルクレストのガールフレンドにも優しかった、って呟いていたぞ」

「なんだそれ!」



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