空の羊飼い5
初めてのメロンパン訓練開始から、回数を増やすごとに往復の所要時間は短くなっていった。
半日での往復を達成したことで、休みをもらえることになっている。
だが、メロンパン訓練を三日ごとに行っているせいでロークの負担も増えている。
申し訳なさもあり、そのままにしていたが――
「いい加減に休め!」
ロークにそう言われ、ありがたく休みをとることになった。
ヴァリセアでゆっくり過ごすのも久しぶりだ。移動には普通の馬を使うので、王都から移動すると三日以上かかることになる。
そんなに時間をかけるのは、少しもったいない気もする。
一日ヴァリセアに滞在して、すぐにまた王都に戻ることになる。
休みと言えるのかは微妙だが、久しぶりに地元で一日ゆっくり過ごせるのは、まぁ、いいものだ。
明日、ブレーに挨拶をしてから、ヴァリセアへ向かおう。
王都をたってから、四日目にヴァリセアに着いた。すでに夕方。天馬での移動に慣れている身からすれば、かなりのんびりした旅だった。
騎士団本部に行き、無事到着を報告。王都への連絡を頼む。
明日はゆっくり過ごし、その後また王都へ向かう予定だ。
暇すぎて手持ち無沙汰になるかもな。
――そう思っていた。
翌朝。
騎士が扉をたたく音で目が覚めた。
「緊急招集だ」
一体、何だ。
騎士団本部に向かい、説明を受ける。
魔獣化したイナゴの大量発生を確認。通常の蝗害でも大事だが、大型化個体も確認されている。
早期の完全駆除が必要との判断だった。
王都へすでに応援要請をし、精鋭部隊が魔法陣でこちらに来るらしい。
詳しい指示は、王都からの応援部隊を待つことになる。当然、休暇はお預けだ。
王都からの応援部隊は、ほんの数名と天馬二頭だった。
緊急を要する案件、魔法陣での移動対象だ。
指揮を執るのはカーディ。他、トップ、天馬隊隊長、ヒーラー、そして天馬二頭――フィンとブレーだ。
ただし、殲滅を担当するトップは現在就寝中なので、起床までをみなで乗り切るしかない。
「それまでに準備を整える必要がある」
カーディの一言で、方針が決まった。
殲滅場所は郊外の盆地が選ばれた。
天馬隊の役目はただ一つ。
イナゴの群れを維持し、誘導することだった。
魔獣化したイナゴは、密集しすぎると大型化する恐れがある。
だが、散らしすぎれば統制が取れなくなる。
間隔を保ちつつ、群れをまとめる。
そのため、役割は明確に分けられた。
フィンと隊長が前方でフェロモンを用い、群れの進行方向を誘導する。
ブレーと俺は後方につき、逸れた個体を戻しながら群れを維持する。
いわば、牧羊犬の役目だ。
地上では風魔法使いと騎士団が並走し、必要に応じて変態抑制剤を散布するフォローを行う。
状況によっては、俺も散布に加わる。
天馬部隊はシールドで守られている。
だがその分、天馬同士での直接支援はできない。
各自が、自分の持ち場を守るしかない。
また、万が一、群れが気流にのると遠方まで一気に移動することになる。絶対に気流にのせることは避けなければならない。
ということは、天馬も長時間の自力飛行となる。天馬も人もかなりの重労働だ。
そして――
トップが起きるのは、ちょうど昼前。殲滅場所は盆地だ。
気流が発生しやすい状況だ。直前まで気が抜けない。
トップが始動する時、誘導された群れを一箇所に集約させ、一気に殲滅だ。
長時間の任務のため、準備が必要だ。あと、チームで事前に打ち合わせもしておきたい。
隊長のところに向かう際に、カーディに声をかけられる。
「ちょうど現場にいるとはねぇ。さすが、君、持ってるね」
「……休暇の予定だったんですが」
「まぁ、世の中、そんなもん。でも結局王都にいても派遣されてたんじゃない?」
「そうでしょうか」
「たぶんね」
「もしかして、こういう状況を想定されていたのですか?」
「まさか。神じゃないって。でも、君が使えたらいいな、までは考えてたけどね」
ブレーに跨り、空へ出る。フィンと隊長に並んだ。
フィンとともに高みへ移動すると、視界が一気に開けた。
乾いた風が頬を打つ。
前方、地平線の上に黒い帯が揺れていた。
イナゴの群れだ。
フォン、という音がしてシールドが発動する。淡い光に包まれる。
数が多すぎる。砂嵐のような音。
黒い波が空を覆うように広がり、ゆっくりと、しかし確実に進んでいる。
視界が、一瞬で黒に塗りつぶされた。
「距離を保て。散らすな」
隊長の指示を思い出す。
フィンと隊長が前に出る。
わずかに進路をずらしながら、フェロモンで群れを引く。
黒い波が金の天馬を追っていく。
俺とブレーは後ろについた。
逸れた黒い支流が、外へ外へと流れていく。
それをゆっくりと押し戻す。
寄せすぎれば、密集する。
離しすぎれば、崩れる。
急に動けば刺激となる。
流れを読む。
――面倒な仕事だ。
フェロモンの袋にイナゴが群がり、黒く覆うように張り付いていた。隊長がロープを握り、フィンの負担を支える。その後、ロープを引いて落とすが、イナゴはほとんど剥がれない。
「ブレー、右だ」
ブレーが翼を傾け、群れの縁をなぞるように滑った。群がったイナゴが離れる。
並走する風魔法使いも、流れを読むように風を送り、群れの偏りを整えている。
だが、油断すると黒い波はすぐに崩れる。シールドに、ぱちぱちとイナゴが当たる。
音と振動が細かく続く。
――地味に、不愉快だな。
天馬の疲労が溜まる前にポーションを補給したほうがよさそうだ。
出発前に配布された馬用のポーションキャンディをとりだす。
合図を送ると、ブレーが首を曲げる。
タイミングを合わせ、身体を前に滑らせる。口元へ差し出す。
わずかにずれて失敗。 もう一度。
今度は合った。ブレーがそれを噛み取り、すぐに前を向く。
「……よし」
首を軽くたたいて、すぐに体勢を戻す。
まだトップが起動するまでに時間がある。群れを目的地まで連れて行く。
予定通り、昼近くに目的地に着く。群れを盆地に誘い込み、まずは誘導は完了だ。
隊長が指定の場所へフェロモンを落とすと、黒い塊が勢いよくそこへ流れ込む。
群れが散開しすぎるとまずい。すかさず、カーディの指示が飛ぶ。
「天馬、群れをあげろ!」
――降下だ。
ブレーに合図すると同時に一直線に急降下する。
地面すれすれまで下がり、群れを押し上げる。
予想に反して、ブレーは勢いのまま地上に降りた。
――止まらない。
一瞬、視界が跳ねる。
首を下げ、走る。いや、突っ込む。
地面のイナゴが蹂躙されていく。シールドに当たり、弾かれて落ちていく。
こちらも身体を添わせ、抵抗を殺す。
中型が行く手にいる。ブレーが大きく跳躍し、その勢いのまま踏み潰した。
大型の天馬の勢いに、黒い帯が押し上がる。
そのまま端まで抜けると、ブレーは翼を広げた。
急上昇。
ブレーが直線に抜けようとする。
違う。手綱をわずかに引き、脚で合図を送る。
一瞬、抵抗を感じたが、すぐに姿勢を変えた。群れの外縁をなぞるように、回りながら高度を上げる。
ばらけかけた群れが、引き戻される。
今までの距離を保った飛行とは違う、思い切った動きだ。
……鬱憤でも溜まっていたか。
ブレーらしい。
大型、中型も発生した。生臭い匂いの中で地上はすでに激しい交戦が始まっている。
トップの起床まで、あと少し。
カーディの指示が飛ぶ。黒い帯が波打つ。
駆除完了までの時間が告げられる。
あと、三十分。
あと、二十分。
……まだ終わらない。
カーディの声が飛ぶ。
「あと三分〜。フェロモン全開。風魔法で上空にまとめろ」
羽音が頭上で渦を巻く。
「あと一分〜」
地上に降りてもいいのだが、なぜか空中に留まっていたかった。
ブレーもフィンも同じだったようだ。
あと少しだ。
「位置良し」と報告する。
カーディが「いい感じ〜」と返してくる。
「あと三十秒〜」
あと少し。
カウントダウンが入る。
やっとだ。
「……10」
「9」
「8」
「7」
「6」
「5」
「4」
「シールド、遮光」
闇の中。
「目を閉じて〜」
「3」
「2」
「1、ファイア」
閃光。
無音。シールド越しに風が叩きつけられる。
数秒後、爆発音が遅れて届いた。
その後、微かにフォンと音がしてシールドが消える。
圧が抜ける。青空が眩しい。その中で小さな黒い灰が舞っていた。
そして、地面には大きなクレーターが残っていた。
終わった。
「駆除完了! みんな、よくやった!
これから、焼却するよ〜。リオ、地形変わるから、イナゴ拾いと焼却だけよろしく〜」
とカーディは拡声魔法で皆にあらためて指示をだした。
確かにトップがなにかやろうとすると危なそうだ。
隊長と空から改めて状況を確認するが、問題はなさそうだ。
地上に降りようとした時に、「ピィ!」と声が聞こえ、振り向くと、緑の小鳥が浮かんでいた。
「……ぐり?」
「ピーピー!ジャー!」必死にこちらに向かってさえずっている。
「ヒュリか?」と尋ねると
「ピー!」と答え、踵を返していく。
隊長に声をかけるのも忘れ、移動の指示をだす。ブレーは素直に小鳥についていってくれた。
ぐりはこちらも待たずに飛んでいく。
見失わないようについていくと、ヒュリが1人佇んでいた。まわりの冒険者が声掛けをしているようだが、ヒュリは動かない。様子がおかしい。
一瞬、血の気が引いた。
急ぎ、天馬を降り、「ヒュリ!大丈夫か!?」と走りながら声を掛ける。
「動けないだけ」と小さく答えが返ってきて、ほっとする。
ヒュリが持っていた帽子と薙刀を預かり、ブレーに預ける。
ブレーは静かに横についた。
おぶると、くたりともたれかかってきた。
ブレーが近づいてきて、髪の毛をふんふんとかいでいるのも、全く気がついていない。
降りてきたカーディがヒュリに近づき、声をかけ、帰宅を促す。
やっぱり気に入っているな。
少しするとヒュリはだいぶ落ち着いたようで、ポケットからキャンディをとりだして、舐め始めた。
これならまずは安心だな。ぐりは見守るようにヒュリの膝にのり、ブレーは少し離れたところからヒュリの様子を伺っている。
この様子なら、帰宅させても大丈夫だろう。
一人で帰すのは気がかりだが、ぐりがいる。
わずかな不安を押し込み、馬車に乗せて見送った。
ヒュリを見送ったあと、ブレーは隊長に任せ、後処理に参加した。
角砂糖は全部終わってからのご褒美だ。悪いが、待っててくれ。
天馬二頭はやはり疲れたのだろう。大人しく寄り添い、鼻を近づけて挨拶を交わしていた。
巨大なクレーターからは、イナゴを焼却する炎が見える。地上部隊の成果だ。
後処理もほぼ終わり、魅入られるように炎を見ていると、
「ガレン、お疲れ様」
トップが声をかけてくれた。
あれだけの魔力を使ったとは思えないほど、いつも通りの姿だ。
四日ぶりだが、ひどく久しぶりに感じる。
「トップこそ、お疲れ様です。どうもありがとうございました」
「メロンパン訓練、しっかり役に立ったね」
「はい。お陰様で。わたしもブレーも耐えられました」
「うんうん。やったかいがあったってもんだね。でさ、さっき話してた子、メロンパンネちゃん?」
……どうやら随分前から見ていたらしい。
「はい」
「ガレンもカーディも、緑の小鳥も、ずいぶん心配してたみたいだけど」
「後処理は無理だろうと、帰らせました」
「そうだね。それがいいね。僕だけ仲間外れはさみしいから、今度紹介してね」
「…はあ」
「しかし、とんだ休暇だったねぇ。ある意味、ガレン、持ってるよね」
「それ、カーディさんにも言われました」
「じゃ、あと一人にいわれたら確定だ」
「……まさか」
「よく言うでしょ。ひとつ、ふたつ、みっつ、たくさん」
「そんな話、初めて聞きました」
「あれ、そう? じゃ、覚えといて。損はないよ」
「はい。覚えました。そういえば、トップ、かなり起床時間ずれてますね」
「あ〜、ガレンいなくて、ロークにわがままいっちゃった」
「そうですか」
「怒る?」
「怒りませんよ」
「だって、もっと早く起きていたらさ」
「いえ、トップお一人が引き受けることじゃないですよ。皆で対応すべきことです」
「……やさしいね」
「当然でしょう。トップだって人ですよ」
「……やっぱり、ガレンって、いいやつだね」
その言葉に、どう返すべきか少し迷った。
後日談
ヴァリセアのイナゴ駆除からしばらくして、フィンの妊娠が発覚した。
天馬の繁殖率は低い。めでたいニュースだ。フィンの番はブレー。お似合いだ。
だが、天馬隊の空気はどこか微妙だ。
素直に喜んでいるのは、エリアスくらいか。
「いいことじゃないか?」と聞くと、
「……いや、わかるんだよ」
「うん、わかる」
「わかるんだけどさ……」
「いや、めでたいことなんだ。お似合いだしな。でもな、フィンは俺達のアイドルだったんだよ。あれだ、いうなればアイドルを不良にかっさらわれた気分。おまけにそいつが俺たちから見てもかっこいい。文句もいえない。この微妙に残念な気持ち、わかるだろ?」
「うーん」
アイドルだしな。お似合いならいいと思うが。
「……こいつ、わかってないな」
「じゃあ、あれだ。仲が良い女友達がいるだろ。別につきあっているわけじゃない。でも、その子がこの人と結婚するの、とかいって知らない男を紹介してくる。なんかもやらないか?」
――ヒュリを思い浮かべる。
ヒュリが知らない男を連れてきて、「結婚する」と紹介されたら、確かに、もやるかもしれん。
……いや、多分、もやる。
「……わかった気がする」と答えると、
「だろ!それだ!」「そういうの、いるのかよ!」と騒がしい。
「まぁ、俺達はまだ軽症だ。隊長は涙目だったぞ」
「もう、娘みたいなもんだからな」
「ブレーは優しいやつだ、って自分に言い聞かせていた」
「ほぉ」
「ダルクレストのガールフレンドにも優しかった、って呟いていたぞ」
「なんだそれ!」




