空の羊飼い4
「報告は受けてるよ。天馬騎乗は順調みたいだね」
トップが軽く言った。
「はい」
短く答える。
少しだけ間があった。
「じゃあ、そろそろメロンパン訓練、始めようか」
「……はい?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
「うん。夜間も雨天も複数飛行もやったんでしょ?だから、メロンパン訓練」
繰り返される。
「メロンパンを買ってくる訓練だよ」
「……どちらの店でしょうか」
「前にカーディが買ってきてくれたやつ。場所はヴァリセアだね」
「店名は?」
「知らない」
さすが、トップ。知らないのか。
「とりあえず、ヴァリセアに行って買ってきて。天馬でね……そうだね、パン屋を探す時間もあるし、ずっと休みもとってないから、まずは三日あげる」
軽い。
だが、断る理由もない。
「……了解しました」
外に出る。
カーディ。
あの時、ヒュリに話しかけていた。
カーディのことだ。気になれば動く。
親戚のパン屋。そこまでは、たどり着いているはずだ。
カーディなら見に行かないはずがない。
……メロンパン。
確証はない。
だが、かなり正解に近いはずだ。
明日から三日間か。まずは出発前に報告と準備だ。
ガレンはロークの元を訪れた。
「失礼します」
「どうした」
「三日ほど王宮を離れます。トップからの指示です」
ロークが視線を上げる。
「内容は」
「メロンパンの買い出しです」
一瞬の間。だが、ロークはすぐに理解したように小さく頷いた。
「ああ、その段階に入ったのか。……順調ということだな」
「はい」
「三日か。余裕を持たせたか」
「そのようです」
ロークは引き出しから鞄を取り出し、差し出した。
「これを使いなさい。状態保持の術式が入っている。入れておけば品質は保たれる」
受け取り、軽く確認する。
「助かります」
「詰めるだけでいい。扱いは難しくない」
一拍。
「……無理はするな。この訓練は定期的に行う予定と聞いている」
「はい」
「ヴァリセアの騎士団本部に行くと良い。先方に宿泊しなさい。連絡しておこう。天馬隊にもわたしから連絡しておく」
「ありがとうございます」
その足で、天馬舎へ向かった。
訓練場の端で、隊員に声をかける。
「明日から三日、ブレーを借りることになりました」
そう伝えると、数人がこちらを見る。
「あいつか……」
苦笑混じりの反応。
「許可は出ているなら問題ない」
「正式な連絡はロークからとなります」
「まあ、ダルクレストだからな」
軽く肩をすくめられる。
「……帰ってきたら様子、聞かせてくれ」
「了解」
準備は整った。出発は、明日だ。
翌朝。
早朝の空気は冷たく、澄んでいる。
ガレンは天馬舎へ向かった。
扉を開けると、ブレーがすぐにこちらを見た。
「おはよう。今日から三日、よろしくな」と声をかける。
耳がわずかに動く。
軽くブラシをかける。異常はない。
手綱をつけ、荷物を背中に乗せ、外へ向かう。
ブレーは静かについて来る。
空を見上げる。すでに夜は明けている。風は穏やかだ。
「……行くか」
ブレーに跨がり、首を軽くたたくと、鼻を鳴らしてきた。
跳ねるように地を蹴り、翼を広げる。
空へ。風に乗った。
朝から晴れてはいるが、早朝はまだ地面が温まっていない。
まだ上昇気流は生まれないだろう。
だが、今後のためにも、気流ルートを探りながら進む。気流が掴めるとかなり楽になる。
天馬の感覚が頼りだ。
ブレーは上下に動き、気流を探しているようだったが、こころなしか楽しそうだ。
本気で探しているわけではない。ふわりと浮き上がったかと思えば、わずかに落ちる。
遊びだな。
三時間あまり飛んだところで、休憩に地上へ降りることにした。
ブレーに水を与え、身体を休める。疲れがとれたと判断した後、再び空へ向かう。
昼近くになり、だいぶ気流が生まれる条件がでてきた。
ブレーがわずかに翼の角度を変えた。空をどんどん登っていく。
まだ安定していない。上昇気流に乗るには、まだ足りない。
その合間、馬体が細かく揺れる。不規則な揺れが続く。
こいつ、もしかして、わざとやってないか?
――勘弁してくれ
体勢を崩さず、脚に力を入れ、合図を送る。
ブレーが首を振る。態勢が変わる。上昇気流の筒に入る。翼を一瞬大きく広げると、素早く閉じた。ガクンとした衝撃が走る。ガタガタした動きが嘘のように止まる。
身体がふっと軽くなった。上昇気流だ。捕まえた。
ブレーは翼を広げると、旋回しながら上空に一気に上がっていく。
十分な高さまで上がると、上昇気流を抜ける。天馬は翼の形を変え、自分も天馬の身体に沿い、空気の流れを受け流し、一気に滑空する。
風を切り裂いて進む。
上昇気流に乗ったおかげで、一気に騎士団本部まで行くことができた。
天馬を預けて、パン屋へ向かう。
扉を開けると、焼きたてのパンの香りが広がる。
ちょうど、ヒュリがいた。
「ヒュリ」
軽く手を上げて、挨拶をする。
「あれ〜、ガレン?なんか久しぶり〜。こんな時間にどうしたの?
なんかちょっと感じ変わった?」
何気なく言われた。少し変化があったか。
「んーーー。そうか?」といって、並んだメロンパンを見る。
――これだな。
まとめて購入は明日でよいか。とりあえず、味見でひとつ買うか。
「ヒュリ、明日もメロンパン購入できるかな?」
「できると思うけど。取っておくようにする?」
「悪い。そうしてくれ。そうだな。三つほど。午前中に取りにくる」
「了解です。ねぇ、なんかメロンパン流行ってるの?最近いやにみんな買うんだよね」
「カーディも買ったんだろ」
「そうそう。十四個買っていったんだよ。お土産みたいだった」
「へぇ」
ビンゴ!
「あ、やっぱり、三個じゃなくて、二十個用意してくれるかな」
「二十!?そんなに?」
「こういうの、好きな人がいるんだよ」
「なんかそのセリフ、聞いたことあるなぁ。まぁ、とりあえず、お買い上げ、ありがとうございます」
「ん。明日また来る」
店を出る。
――当たりだ。
三日後に王宮へ戻る。
「買ってきました」
紙袋を差し出す。
トップが中を覗き込む。
「……あ、これ」
ひとつ取り、口に運ぶ。
少しだけ目を細めた。
「これこれ。やっぱりおいしいなぁ〜。ずーーっとこのパン食べたかったんだよね〜」
当たった。
やっと、力が抜けた。
トップはメロンパンをひとつ、あっという間に食べ終えると、こちらを向いた。
「で、どうしてこのメロンパン見つけられたの? 僕、あの街のパン屋のメロンパン全部買ってくると思ってたよ」
「この店の関係者に冒険者がいまして。カーディさんがお店に来たと聞いたことを思い出して。それでです」
「へぇ。何、その子、冒険者とパン屋さんのお手伝いしているの?」
「はい」
「で、カーディが気に入ってると」
「さぁ、それはわかりませんが」
「ふ〜ん、ちょっと、面白そうな子だね。興味あるなぁ」
紙袋を軽く揺らしながら、こちらを見る。
「男の子? 女の子?」
「女性です」
「メロンパンネちゃんね。いいね。かわいい名前」
「……いえ、それ、名前じゃないです」
「ふふふ。でもかわいくない?この名前、気に入っちゃったなぁ。」
楽しそうに笑う。
「ところでさ、メロンパン訓練どうだった?感想、ききたいなぁ」
「はい。身体操作、体力、判断。騎乗技術。意思疎通など複合的な条件が必要な総合的な訓練でした。この訓練を考えていただいて感謝しています」
「よく考えたでしょ」
「はい」
「これから定期的にやってもらうつもりだよ」
「はい」
「僕はメロンパンをゲットできて、ガレンは訓練ができる。一石二鳥でしょ」
「確かに」
「今回は三日間だったけど、どんどん時間を短縮していってね」
「はい」
「最終的には日帰り、う〜ん、半日くらいで往復できるといいね。
それができるようになったら、お休みあげるよ。たまには地元に帰ってゆっくりするのもいいでしょ」
「はい。がんばります。ありがとうございます」
と、返答した後に、言葉を続けた。
「ひとつ、わたしから提案があります」
トップが視線を上げる。
「今回、二十個購入しました」
メロンパンを入れた鞄をテーブルに置く。
「訓練で三日に一度、二十個まとめて購入します」
「いいの?」
「はい。三日分として分ければ問題ありません。一食二個でも、トップの活動量を考えれば支障はありません」
一拍置く。
「その代わり、変更不可の予定は確実にこなしていただきます。あと、ブレーの体調によっては訓練中止としたいです」
すでにロークには事前に提案し、承認をもらっている。
トップはどうか。
「……いいよ。天馬や自分の体調管理も大事だからね」
「ありがとうございます」
「無理しすぎて身体を壊しちゃ元も子もないよ」
「気をつけます」
「あれ、待って待って、だったら二つ余るじゃん」
「それはご予定がうまく言った際の追加のご褒美ということで」
トップが数秒、こちらを見る。
「えー、うまくできなかったら?」
「もちろん、メロンパン没収ですよ。侍女に渡します。おいしいメロンパンなら喜んでもらえるかと」
トップがこちらを見て、くすくすと笑い始める。
「鬼だね、ガレン。……いいよ。がんばる」
軽い。
「ちゃんと買ってきてね」
「はい」
「いつもの訓練も続ける?」
「もちろん、お願いします」
「じゃあ、間の一日だね。他の日も大丈夫なら声かけて」
さらりと言ってくれた。




