魔法修業がはじまります
茅葺きって、はじめて見た。
こんもりと丸みを帯びた茅葺き屋根の、ちょっと灰色がかったはちみつ色の石造りの家。
童話の中にいるみたいだ。
でも、リサさんのイメージと全く合わない。
リサさんの住まいはヴァリセアから馬車で二日、王都からは半日ほどの小さな町にあった。
ヴァリセアより緑の多い、のんびりとしたところだ。
「着いたぞ〜」と、リサさん。
「え、ほんとにここがリサさんのおうち?」
「ああ、うちの一族の持ち家で、まぁ、管理人も兼ねているな」
「なるほど〜。納得しました。かわいいおうちですね」
「なんだ、その納得っていうのは」
一族所有の家か。
うん。すごい納得。
展開が早くて、実感があんまり湧いていなかったんだけど、ほんとに本格的な修行がはじまるんだ。
……ドキドキしてきた。
まさか魔法の修行。
イナゴ駆除からそんなに時間が経ってないはずなのに、ずいぶん昔のことみたい。
行き倒れていたリサさんが師匠になるとは、ほんと、人生って、なにが起きるかわからない。
そして、ヴァリセアを離れることになるから、ちょっと大変だった。
おばちゃんとおじちゃんを納得させるのに、なんとギルドマスターにまで駆り出される始末で。
ちょっとびっくり。そんなことって、ある?
正直なところ、いたたまれない心地だった。なんなの、この流れ。
本気かどうかわからないけど、カーディまで「話そうか?」なんて笑って言い出すし。
いや、それはさすがにおかしいでしょ。
で、その間、リサさんは——
「ゆっくり説得すればいいぞ〜」
なんて、のんびりしたものだった。さすがの師匠です。
小さなお庭を横目に、リサさんの後を追って家に向かう。
庭は薬草がメインで植えられているようだ。
ローズマリー、タイム、セージ、ミント、カモミール、ラベンダーはわかった。
あとは、よくわからない草がいくつか。
なにがあるのかな、と覗き込むと、草の間から小さなおじさんが顔を出した。
お互いに、
「……」「……」と見つめ合う。
「えーと……」と声をかけようとしたところで、
「ヒュリ〜。早く来〜い」
リサさんに呼ばれて、「はーい」と返事をする。
振り返ると__いない。
あれ?いたよな。とんがり帽子をかぶった、ちいさいおじさん。
……庭仕事してる妖精かな。
「リサさん、いま、ちいさいおじさんが」と言いかけたところで
「ん?庭師かな。ま、入れ」といわれて、家の中に入る。
あれ、外から見るより広い。
扉を開けると、ラグの敷かれたリビングだった。
一人用のソファとか三人掛けくらいのソファ、いくつか変わったデザインの木の椅子も置いてある。暖炉も見える。
……すごくいい。
「うわぁ、素敵!」
「そうか?一族が代々持っている家なんだ。楽でもあるが、ちょっとめんどくさいところもある」
「ああ、維持管理が大変なんですか?」
「いや、そういうんじゃないんだ。案内がてら説明するが、まずはなんか飲むか」
「いいですね〜。お茶、入れましょうか?」
「いや、なにかジュースでいいか。それなら簡単だからな」
「何かあればお手伝いします」
「ない、ない」
そう言って手を振りながら、行ってしまった。
改めて、部屋をぐるりと見渡す。
こんな素敵なところで修行かぁ。ほんと、ラッキー。
あ、階段がある。あそこから上にあがるんだ。
この家、天井も高いな。外から見るより、中に入るとかなり大きい。
……これ、気のせいじゃない。
見た目と中身が違ってる。
キッチンのテーブルで、リサさんが出してくれたりんごジュースを一口いただく。
う〜ん、落ち着くなぁ。ジュースも冷たくておいしい。
「あらためて、これからよろしくおねがいします」
頭をさげる。
「おう。よろしくな」
リサさんが、軽く笑って答えた。
「師匠って呼べばいいですか?」
「いや、それはやめろ。弟子の志願者が出てきたら困る」
「なんですか、その理由」
リサさんらしくて笑ってしまった。
「ま、弟子としては、研究の手伝い…材料調達や資料あつめ、データ整理くらいかな。これはこちらが必要な時に指示をだす。日常的には食事の用意、掃除、洗濯、買い物くらいをやってもらおうか。まずはそれをこなしてから修行を始めたほうがいいな。それでいいか?」
「はい!わかりました!」
「じゃあ、まずはこの家を案内するぞ。お前の部屋もある。荷物を持ってついてこい」
「はい!」
新しい生活の始まりだ。
わたしは、ワクワクしながら立ち上がった。
一階はキッチンとリビングの他、パントリーと研究室。
パントリーはキッチンの裏にあって、なんと魔法で冷蔵できる棚とかがある。すごすぎる。
でも中身はスカスカだった。そりゃそうだ。リサさんだもんなぁ。買い出しに早速行かなくっちゃ。
そして、リビングを出て、廊下の奥に研究室がある。研究室にまだ入っていないけど、なんとなくすごいことになっていそう。そんな気配がムンムンと伝わってくる。イナゴの卵もあるのかな。
うわ、思い出しちゃった。
二階は寝室と図書室と使っていない部屋が一部屋。わたしの部屋もインテリアはもちろん素敵。ちょっとお嬢様になった気分だ。
そして、なんといっても、バス・トイレ付きなんて、すばらしい!
図書室は壁一面が本で埋まっていて、圧倒される。上の方の本を読みたい時はどうするの?と思っていたら、なんと司書みたいにお目当ての本を机にだしてくれるそうだ。すごくない!?
これはかつての無精な先祖のおかげだ、とリサさんがいっていた。
そう、この家は魔法の家だった。外見より中が広いのも、それが理由。リサさんが楽なようなめんどくさいような、というのはそのとおりだった。
今までこの家に住んでいたご先祖様たちのお遊びがいろんなところにあるそうだ。
例えば、不定期で急に転移とかするらしい。転移の範囲は家の中だけなので、まだよかったけど。
お風呂とかトイレに飛んじゃったら?と聞いたら、そこら辺は今までないそうだ。よかった。見るのも見られるのもごめんだからね。
まー、そこらへんは先祖も考えたらしいぞ、との言葉を信じよう……。
家にも意志のようなものがあるらしく、違う部屋が出てきたり、中に入ってこれない人とかもいるんだって。イタズラ好きのおうち。おもしろい!
庭も案内してもらった。やはり、薬用にハーブを育てているそうだ。
ハーブは自由に使っていいと許可をもらった。
あと、気になっていることがある。
「リサさん、ちいさいおじさんは?」
「あ〜、多分、トロムだな。とんがり帽子かぶってたか?」
「そう!」
「じゃあ、庭師の妖精だ。なかなかの人見知りだから、隠れてるな。そのうち姿を現すだろ。うちの何処かに住んでる。居場所は知らない方がいい。あいつ、寝床が見つかると引っ越しするからな」
「やっぱり、庭師なんですね。トロムさんのごはんは?」
「ああ、不要だ。ま、酒好きだから、ツマミを作ったら少し分けてやってくれ」
「はい。……トロムさんとお話したいですね」
「あ〜、あいつ、しゃべらないからな。でも、普通に意思の疎通はできるから」
「しゃべれない?」
「さぁなぁ」
「どうせなら、仲良くなりたいなぁ。そうだ、リサさん、好き嫌いとかないですか?
あと、パントリーに何にもないから、明日にでも買い出しにいっていいですか?
わたし、育ち盛りなんで、お腹すいちゃうんです。今日はありあわせで何か作りますね」
「おぅ。食い意地はった弟子はいいな。うちにあるものは何でも使っていいが、食べるものあったかな?」
「手持ちでちょっと持ってるから、それを使います。バターとか調味料はありましたよ。
あと、お庭からハーブをちょっといただきます」
お野菜とかあるといいんだけど、しょうがないか。
「……明日、一緒に買い出し行くか」
「はい!絶対に行きましょ!」
リサさんが付き合ってくれるなら、安心だ。
おいしいごはんは活力の源ですからね!
まずは夕ごはん。
手持ちで食材を持っててよかった。
今日はインスタントポタージュの元とショートパスタがあるから、これでいいか。
あ、ポークジャーキーもあるから、それも入れてと。
バターを取りに行こうと振り返ったら、テーブルに玉ねぎときのこがポツンと置いてあった。
「あれ?こんなのあったっけ?」と首をかしげる。さっきまで、絶対になかった。
大きな玉ねぎ一個。きのこも両手に乗せられるくらい。
これ、もしかして、トロムさん?やさしい!
きのこはパスタにいれて、玉ねぎはスライスしてじっくり焼いてバター醤油で味付けすれば、玉ねぎステーキになる。端っこは刻んでパスタにいれちゃおう。
ウキウキしながら庭に行き、タイムとセージをすこしいただく。
あ、声掛けしなくっちゃ。
「トロムさん、今日からリサさんの弟子になるヒュリです。玉ねぎときのこ、ありがとうございました!もしよかったら、お裾分けするので、テーブルにお皿用意しておきますね〜」
うん。満足。
インスタントのポタージュときのことポークジャーキーを合わせたショートパスタのグラタン風。バターしょうゆの玉ねぎステーキ。パスタにはタイム、玉ねぎにはセージをそれぞれちょっとずつ散らす。
完璧。
気がついたら、テーブルに小さい木のお皿が乗っていて、トロムさんだ、と楽しくなった。
人見知りなら、テーブルより他がいいよね。
パスタを盛って、「パントリーに置いておきますね〜」と適当なところに向かって話しかけた。
キッチンのテーブルでリサさんと夕ごはん。
ささやかだけど、我ながらおいしそうだ。
「すごいな、ヒュリ。魔法使ったみたいじゃないか」
「ふふふ〜。トロムさんに差し入れいただきました。ねぇ、このパスタの味付け、リサさんと会った時につくったポタージュですよ。なつかしいでしょ?」
「あ〜、あれ、うまかったよな」
「うちのおばさんちの商品でございます。気に入っていただけて何よりです。明日の買い出しはどこに行くんですか?」
「街に行くか。歩いて三十分くらいのところだ。隣のうちからロバ借りるか」
「ロバ!楽しそう!お借りできるんですか?ついでに挨拶もできますね」
「たまに借りる。荷物が多い時はロバが便利だしな」
「買い出しリスト、あった方がいいですね。ついでに日用品で足りないものもあったら買っちゃいましょ」
「……お前、わたしのこと、ぜんぜん当てにしてないだろ」
「えー、魔法についてはめっちゃ当てにしてますって」




