まだ終わりじゃなかった!
イナゴ駆除の翌日午後までぐっすりと眠り、そのまま一日お休みして、二日目、すっかり元気になり、ギルドに向かっている。
ぐりちゃんも一緒。今日は一日、お目付け役となるみたいです。
しかし、ほんとに今までの人生の中で最悪の体験だった。
わたしの中で、イナゴが最悪かどうかの基準になった気がする。
イナゴよりマシか。
イナゴ以上か。
……イナゴ以上。
想像もつかない地獄だ。
ギルドに着くと、まずは受付のお姉さんズにお礼を言った。
怪しいけど、目出し帽とゴーグル、レッグカバーのおかげでイナゴに怪我させられずに済み、キャンディで戦えたのだ。
お姉さんたちも、怪我なく戻ったわたしを見てとても喜んでくれた。
「ヒュリちゃん、お疲れ様でした。雄姿は聞いてるわよ〜。
白い目出し帽で、ほっぺたぷくっとさせてイナゴ踏みつけてたって」
「ぷくって?」
……もー思い出させないでー。
ぷくって何? と思っていたら、
「あ、ポーションキャンディまとめ食いでしょ」
と声をかけてきた新人女子。カヤだ。
お姉さんズに捕まっていた新人の一人。
黒髪ストレートを結び、オン眉。
東の国の反りのある刀を一本。
「わたしもまとめ食いしたからわかる〜。ほんと最悪だったよね」
「ほんと、最悪だったー!」と、盛り上がる。
「ガレンくんから荷物預かってるけど。ゴーグルは返却になるけど、あとはヒュリちゃんにあげる」とお姉さん。
「で、なんで、ガレンくんが荷物もってたの?」と聞かれたので
「ガレンが身軽で帰れって言ってくれて」というと、
お姉さんズは「えっ」「なにそれ!」「もっとくわしく!」と身を乗り出してきた。
「いや、今は勤務中。それはご飯会で聞くから!」「キャーッ」と盛り上がっている。
ん? なぜ、カヤまで盛り上がる。
「じゃ、わたし、行くね。楽しみができたから、頑張れる。ご飯会楽しみにしてる〜」
カヤはそう言って手を振り、出ていった。 そんなに盛り上がることかな?
お姉さんは姿勢を正し、
「…うん、くわしくはご飯会で聞くから。
それと、ヒュリちゃんにいいお知らせと残念なお知らせがあります」
「え?」
「どっちから聞きたい?」
「良いお知らせ」
「報奨金がでます」
「え、やった!」
「残念なお知らせは」
「それは、聞きたくない…」
「だーめ、ちゃんと聞いて下さい。イナゴの卵の調査、駆除依頼があります」
「えーーーーっ、まだ終わってなかったんかい!」
思わず突っ込む。
「おやおや、ヒュリちゃん。すっかり元気だね〜」
後ろから声がして振り向くと、カーディが立っていた。
うわ。出た。
カーディは受付のお姉さんに
「ありがと。あとは僕が説明しておくね」
そう言って、わたしに向き直る。
「じゃあ、場所を変えて話そうか。
まぁまぁ、そんな顔しないで」
少し笑って続ける。
「大丈夫だって。イナゴより全然マシマシ」
一歩踏み出し、振り返ると
「ぐりちゃんも一緒にどうぞ」と言った。
通されたのは会議室だった。
「まず依頼内容なんだけど、今回のイナゴの大量繁殖と魔獣化、ちょっと珍しいパターンなんだよね。
それで今後の対策として、卵の調査と駆除を行うことになった」
カーディは軽く肩をすくめる。
「昨日から調査チームが対応しているけど、なかなか卵が見つからなくてね。
チーム増員で、ヒュリちゃんにも参加してほしいって話になったわけ」
そこで一度言葉を切り、こちらを見る。
「ここまでで何か質問ある?」
なるほど。確かに卵の駆除は必要だ。それはわかる。
でも――
「……確かに卵の駆除は必要ですね。それはわかります。
でも、それ、別に私が参加しなくてもいいのでは?」
カーディが眉を少し上げる。
「ちょっと他にやりたいことがあるので、できたら辞退させていただきたいです」
「他にやりたいこと? 何やりたいの?」
「分離魔法を習いたいと思ってます」
「分離魔法? なんで?」
「えっ、それはイナゴが気持ち悪くて臭かったからですよ! 服とか靴とかにへんなネバネバくっついてるし! 分離魔法で分離させちゃえばきれいさっぱり、気持ちいいじゃないですか!」
「そこ、クリーニング魔法じゃないんだ」
「元から断ちたいの!」と力説すると、カーディはくすっと笑いだして、
「もう、ほんと、ヒュリちゃんっていいわぁ〜」
いや、こっち、真剣だからね。笑うところじゃないからね。
「だったらなおさらちょうどいいよ。調査チームリーダーその手の魔法、専門だから。 ちょっと呼んでくるから待ってて」
笑いながら部屋をでる。
ちょ…話、ちゃんと聞いてます!?
それほど待たずに扉が開いた。
「連れてきたよ」
カーディがそう言って部屋に入る。
その後ろからひょいっと顔を出したのは——
「あれ〜、ヒュリじゃん。お、ぐりもいんの」
「あー、リサさん」
「なんだ、二人とも知り合い?」
「おー、前に世話になったんだよ。あの胡椒きいたキッシュ、うまかった!」
なんて二人で言い合ってる。
カーディが笑いながら「ほんと、ヒュリちゃんってあなどれないわ〜」とか言っていたけど、それはわたしが言いたいわ。
「ヒュリ、イナゴ退治に活躍したんだってね。聞いてるぞ。
白目出し帽のおこじょ。かわいいじゃん」
「なんですか! それっ」
「黒テンもいるって聞いたけど」
「だれ、知らんっ」
そのやり取りを聞いていたカーディがぶはっと吹き出した。
「ほんと……君たち面白すぎ。好きだわ〜」
意外にこの人、笑い上戸。ずっと笑ってるよ。
「ま、縁があるってことだよ。リサのとこでいろいろ習えば死にそうになっても、
まぁ大丈夫でしょ」
リサさんが、ふっと真面目な顔になる。
「卵がなかなか発見できなくてね、ちょっと手伝ってもらいたいんだよね。」
少し間を置いて続けた。
「そろそろ判断はしたいから、今日だけ手伝ってくれないか?」
リサさんにそう言われちゃうとなぁ。
「う〜ん、まぁ、今日だけなら。……あ、イナゴに触るわけじゃないですよね」
「卵の状態によるけど、孵化のタイミングなんてなかなか当たらんぞ」
……まぁ、イナゴよりマシか。
ゴトゴト馬車の中。リサさんとなぜかカーディがいる。
ぐりちゃんはわたしの肩にとまってるけど、なんかやる気になっている。
ふんすっと羽根をふくらませて気合が入っている。どうした、ぐりちゃん。
これから行くところは平原。イナゴに荒らされていないところ。
到着するまでに調査結果を記入した地図をみせてもらったけど、ほんとに卵あんまりないんだね。ほんの数件。あんなにたくさんいたのに、それは不思議。
それに調べてみると普通の卵だったそうで、なにかのきっかけで魔獣化したのか、あるいはもともと別のものなのかなどをこれから調べるらしい。
なきゃないでいいけど、ある程度データを集めたいんだって。なるほど。
「……で、なんでカーディさんがこちらに?」
「あ、気にしないで。おも……いや、現場ちゃんと見ておかないと」
「いま、おもしろそうって言いかけましたよね?」
「そんなこといってませ〜ん」
「言った! 絶対に言った!」
「思いがけない成果があるといいね」
「…なに?」
「…っていうと、ヒュリちゃん大変になるかもしれないから言わなかったのに〜」
「結局、言ってる!」
「う〜ん……言霊?」
「言靈でどうにかなるなら、どんどん言え」と、地図を見ながらリサさんが一言。
「ほら〜」
「絶対おかしい!」
現場に到着すると、御者をやっているおじさんが思いっきり笑っていた。
「楽しい現場っていいよね」だって。解せぬ。
「ここが今回の範囲だ」
リサさんが地図を広げながら、周囲を見渡す。すでに数人が探索を始めているようだ。
「ここから卵を探す。見つけたら、わたしに連絡。持ち帰るので卵胞を崩さないように。
見つけたらこのケースに入れてくれ」と、保管ケースを渡された。
「リサ、万が一、孵化したら駆除だからね」
カーディが腕を組みながら指摘する。
「うーん、ちゃんと隔離してたらいいんじゃないか?」
「いや、今回はだめ」
リサさんは肩をすくめて、「まぁ、しょうがないか」
「散開して探す。見つけたら連絡を」
その一言で、空気が少し引き締まる。
「ぐりちゃん、行こっか」
ぐりちゃんがやけにやる気なんだよね。わたしがイナゴで弱ってたせいかもしれないけど。
「ねぇ、ぐりちゃん、もしかして探せるの?」
「ピ!」
返事をしたかと思ったら、ぐりちゃんはあっという間に飛んでいった。
「え、ちょっと、早いよ!」
慌てて追いかけるが、ぐりちゃんは迷いなく一直線だ。
「……あれ、もしかして」
追いついた先で、ぐりちゃんがぴたりと止まる。
前足で地面をちょいちょいと掘り、こちらを振り返った。
「ここ?」
こくん、と頷くように鳴く。
「うわ、ほんとにある……」
草の影に隠れるように、土に半分埋まった卵胞があった。
乾いた土色で地面と同化しているけど、よく見ると少しプツプツしている。気持ち悪い。
この小ささじゃ、普通に探しても見つけるのは難しそうだ。
「リサさーん! ありましたー!」
声を上げて呼ぶ。
ぐりちゃんを見ると、ふんすっと得意げな顔をしていた。
「ぐり、ありがとう。助かった」
リサさんはためらいなく手で土を掘る。
「サンプルとして持ち帰る。ケースを用意」 と言われ、ケースを渡す。
「ちょっと形がいびつで入りにくいな」
そう言いながら、ケースに入れようとするリサさん。
……リサさんさ、不器用?
向き変えないと入んないよ、それ。
「リサさん、向き変えないと」
「ヒュリのほうが向いてるな。やって」
「え、卵触るのいやです!」
「この状態なら、孵化はまだしない。いいからちゃっちゃと入れちゃって」
渡してくる。強引。がさつ。受け取っちゃったじゃないか!
手袋していたのが、不幸中の幸い。
早くケースに入れちゃおうとした、そのとき。
ぴき。
指先に、違和感。
さっきまで硬かったはずの殻が、わずかに脈打った。
「……え?」
ひび割れた殻の隙間から、黒いものがぞろりと覗いた。
たくさんの黒い目。見られている。
ぞわっと全身が泡立った。
次の瞬間。
ぶわっ、と。
米粒ほどのそれが、一斉にあふれ出した。
「ギャーーーーーーッ!!」
反射的に、手の中の卵を凍結する。
一瞬で、カッチンコッチンの球体になった。
気持ち悪くて、思わず手を離す。
ごとっ。
地面に落ちた。
……割れてない。
よかった。中身、出てない。
はぁ、はぁ、と息を整えながら、さらに氷を重ねる。
絶対に、絶対に、氷漬けにする。
「ああーーー!!」
リサさんの悲鳴が響いた。
「サンプル!!」
「えっ」
「サンプルだったのに!!」
「孵化駆除対象でしょ!」
「バレなきゃいいんだって!」
いや、今思いっきりばれてるじゃん。
その横で。
「ははっ、なにそれ」
カーディが肩を震わせて笑っていた。
「……まぁ、結果的には悪くないんじゃない?」
軽い口調のまま、凍った塊を見下ろす。
「孵化前後の状態、全部残ってるし」
それからちょっと時間がたって、わたしもリサさんも落ち着きました。
まず、ぐりちゃんに他に卵がないかどうかを確認したところ、「なし」との回答。
それを伝えると、カーディ判断で調査終了となり、またギルドに戻ってきています。
結局、今回のように急な孵化もあり、通常の卵ではない可能性大との判断、蝗害対策で全国レベルでの駆除対応となるとのこと。
あの卵を探すのはけっこう大変よ。地表近くに産卵するのだから水撒いて地面凍らせれば死滅するから、それが一番簡単な気がする。
カーディに雑談でいってみたら、そうだね、それができるなら一番簡単だねって同意してもらえました。
「ほんとにヒュリちゃんは期待を裏切らないね〜」と笑いながらだけどね!
そして、リサさんはサンプル喪失のショックから立ち直っている。
「よくよく考えるとさぁ。確かに氷漬けでよかったかもしれない。この中に卵、孵化したて、孵化直前の状態が全部詰まってるんだよなぁ」と嬉々としている。
「ヨカッタデスネ」
「だからさ、1匹解凍してよ。できるだろ」
「えーーーーーーー、できるかもだけどヤダ!」
「もう死んじゃってるから大丈夫だって〜」
「いや、そういう問題じゃないの。虫ほんとやだ」
「……じゃあさ、取引しよう。ヒュリが1匹解凍してくれたら、分離魔法教えるから」
「……」
「アフターケアもばっちし」
「……」
「他にも色々教えちゃう。わたしは一流だぞ。そして、偏屈だから普通は弟子をとらないぞーーー」
「……」
「もう、わたしとヒュリの仲じゃん」
「……わかりました。やりますよ。分離魔法の他にもいい魔法教えてくださいよ!」
「教える教える」
という流れで、いやいや、一匹解凍した。リサさん、大喜び。
米粒大の大きさだからなかなか解凍も難しかったけど、ちゃんとできてよかった。
あれ? 米粒大ってことは、幼虫、卵、どんだけ!? と青ざめ、リサさんを見上げると「たくさんあるぜ。いろんな魔法が習えるぞ。よかったな」とニヤリとした。
事後報告
急な孵化の件もあって、全国レベルで駆除対策が行われることになった。
水を撒いて、地表を凍らせる方法が簡単で効果的らしく、
条件はあるけど、あちこちで使われるようになるらしい。
結果、氷魔法使いの仕事が一気に増えたとか。
……なんか、大ごとになってない?
というか。
……これ、わたしの雑談から、じゃないよね?




