人生最悪の日
現地につくとすでに点々と土のドームができていた。一時避難、補給場所、治療用となる。神官が治療のために待機する。
予定通りでいけばあと三十分で群れが来る。
最初に聞こえたのは、異様な音だった。ザァァーーーーーという音。
砂嵐ってこんな音なのかもしれない。風が吹く。すごい圧。
慌てて白い目出し帽を被る。ポーションキャンディも口に入れる。
黒い波が蠢きながら近づいてくる。天馬が見える。
「…来る…」と誰かが呟いた。武器の音が響く。あちこちで魔法が光る。
…といきなり、イナゴが地上めがけて突進してくる。
天馬が地面近くまで急降下した。群れの下に潜り込み、地を蹴って走り抜け、流れを上に押し上げた。
黒い波が上に向かう。
一瞬、天馬のお腹が見えた。意外にお腹がぽっこりしてる。
でも、風に乗ってすごい綺麗だ。
イナゴはすごい勢いで飛んでくる。気持ち悪すぎて、咄嗟にシールド発動。
びちびちとイナゴがシールドに叩きつけられる。
……びっしり。
視界が、黒い。
ギチギチした音が聞こえる。
「キモチワル!」
中身でてるやつもいる。気持ちわるい。
またくる。
無理。動けない。でもずっとこのまま? シールドももたない。
周りの人たちはがんばってる。わたしだけこのまま? そんな事できない。
もうやだ! 早く終わらせる!
覚悟を決めて、ポーションキャンディをしごいて口の中にいれる。一個じゃだめ、続けざまに四つ。
やけになってシールドを反転させ、網みたい広げる。まわりのイナゴをさらって、地面に思いっきりたたきつけた。
その間もイナゴが飛んでくる。ナイフで叩き落としても他のイナゴがくっつく。やだ!
もう一回、シールドを薄くしてできるだけ捕まえて、地面に叩きつけて、凍結。
キャンディがあるからあともう一回くらいはできる。
シールドはもう張れない。
魔力が残っていない。
飛んでくるイナゴを薙刀ではたき落とす。
踏む。叩く。切る。
足元で、まだ動いている。
考えるのをやめて、とにかく潰す。
その時、影が落ちた。
中型だ。
「上から来るぞ!」
土魔法使いが地面に手をつく。
次の瞬間、土が盛り上がり、鋭い棘を突き出した。
中型イナゴがそれに突っ込み、腹を貫かれる。
重い体が、そのまま自重でずるりと棘にめり込んだ。
もう一匹。
ヒュリは咄嗟に手をかざす。
中型の腹側、気門を凍らせる。
動きが、落ちた。
騎士の剣が振り下ろされる。
一撃で首が落ちた。
「助かった!」
その声に、ヒュリは肩で息をつく。
……でもまだ終わってない。
足元のイナゴを、もうやけになって踏みつける。
それでも動く。
半分になった体が、足だけで前に進もうとしている。
「キモチワル!」
もう考えない。
大型は騎士団が対応している。
こっちは足元のイナゴでそれどころじゃない。
考えたら負けだ。
足元のイナゴを、もうやけになって踏みつける。
踏む。
叩く。
切る。
カーディが作戦を作り、群れを俯瞰、状況判断、天馬チーム、地上チームに指示していく。
1時間で作戦完了させるとして、トップの魔法発動まで、カウントダウンする。
カーディは高台でそれぞれ指示を拡声魔法で伝える。
カーディより駆除完了までの時間を現場に随時伝えていく。
あと、三十分。あと、二十分。
……あと、少し。
「群れ、もう少し左に寄せて〜」とカーディ。
大型は騎士団が交戦している。中型が空から降りてくる軌跡を確認、土魔法使いが地面から複数の杭をだし、自重で突き刺さる。
そこに小イナゴがまとわりつく。羽音。ギチギチした音。生臭い匂い。
「あと三分〜。フェロモン全開。風魔法で上空にまとめろ」
羽音が頭上で渦を巻く。
「あと一分〜」
現場へカウント3からシールドを張る、目をつぶれ、目を覆えと指示あり。
あと少し。
ガレン 「位置良し」
カーディ「いい感じ〜」
「あと三十秒〜」
あと少し。
二十秒をきったところで、トップが「…うるさいな」と目を覚ました。
カーディは振り向きもせず、「リオ、右上に駆除対象。カウント10でいいか」 と尋ねる。
「問題ない」と、一瞬で移動。
「……十」
「九」
「八」
「七」
「六」
「五」
「四」
空から何かが降りてきた。シールドだ。
「目を閉じて〜」
「三」
「二」
「一、ファイア」
閃光。
光の柱。
無音。でもシールド越しでも感じる風圧、目を閉じてもわかる光。
数秒後、何かの爆発音が聞こえた。
金色がかった白い巨大な光の柱がそそけだって立っていて、遠く離れた街からも確認できたという。
わたしは現地にいたけれど、目をつぶっていたので、その光の柱はみていない。
…羽音が消えている。
世界が、急に静かになった。終わった…?
恐る恐る目を開けると、見えたのは雲一つない青空。
「きれい…」と見とれたのもつかの間、視線の先には大きなクレーター。焦げた匂いと青臭い匂い。
上から降ってくる黒いもやもや。そして、地面一面にイナゴの死骸が散乱している。
靴にも被さっている。気持ち悪すぎて、動けなかった。
「駆除完了! みんな、よくやった!
これから、焼却するよ〜。リオ、地形変わるから、イナゴ拾いと焼却だけよろしく〜」
とカーディは拡声魔法で皆に伝えると、高台から現場へ降りていった。
歩きながら、黒のジャケットを脱いで片手に持つ。そして、風魔法でイナゴをざっくり集め、まとめてクレーターに落とした。
群れは殲滅したが、まだ生き残りの確認や死骸の焼却など、後処理が続く。
死骸は焼却しなければならない。必要なこととはいえ、辛い作業だ。
取りこぼしたイナゴを、みんなで拾ってポイ。
現地にいた者たちは、疲労困憊だったが、それでも指揮官のカーディやトップがイナゴを拾っている姿に、みんなつい笑ってしまったよ、と後から教えてくれた。
風魔法でざざざーっとイナゴがまとまって動くのがまた気持ち悪かった。
黒ずんだ死骸が地面をすべっていく。死骸も、まだ動いているやつも、まとめて流れていく。
半分にちぎれていても足だけで這っているやつもいる。
「……うわ」
足に引っかかってるのもいる。
まだ動いてる。
ほんと、もうやだ。
嬢ちゃん? と声をかけられ、大丈夫! と答えると、冒険者のおじさんは無理すんなといってノロノロと後始末にかかっていく。
…やだ。
動けない。どうしよう。
身体を動かせずにいると、ピィ!という声。ぐりちゃんが来てくれた。
わたしの周りをパタパタ飛んで話しかけてきて、その後待ってて、と言って何処かにいってしまった。
臭いし。気持ち悪いし、ほんとやだ!
帽子を脱ぐ。虫の破片がたくさん。気持ち悪くて肩が跳ねる。
絶対にもうかぶりたくない。帽子捨てたいけど、地面に落とすのも嫌だ。
「ヒュリ!」とガレンの声が聞こえた。
ガレンを乗せた天馬が地上に降り立ち、こちらに来てくれた。
ぐりちゃん、ガレンを連れて来てくれたんだ。
「大丈夫か!?」という焦った声に、「動けないだけ」と伝えると、ほっとした顔をして、息をついた。
「ほら、おんぶするから」
わたしの手から帽子をとると、背中をむけてしゃがむ。
ほんと、この人やさしいな。あんな大変な任務をしてたのに。
そして、こっちの方がボロボロ。なぜだ。
「ありがと」とつい涙声でお礼を言い、おぶさる。
ぐりちゃんと天馬も一緒についてきてくれた。崩れたドームの上に降ろされる。
ブーツのイナゴも取ってくれた。
みんな、クレーターにイナゴを落としてる。すごいな、と見ていると、
「よくがんばったね。もう体力限界でしょ。馬車が出るから帰りなさいな」とカーディの声がした。
……この人もすごい人だ。全体の指揮を何時間もして、シールドまで張って。
なのに涼しい顔。
でも、いつもと感じが違うな、と思っていると、
「あ〜、いつもとカッコも違うから見惚れちゃった? 形から入るタイプなんだよね。気合入るでしょ。」といって笑った。
ガレンの差し出してくれた水のボトルを手袋を外して受け取り、コクンと飲む。ほっと一息つけた。
ポーションも飲むか聞かれたが、他の人に回してほしいので、遠慮した。
思い出して、お姉さんからもらったポーションキャンディをポケットから取り出した。
一つだけ残っていたやつ。半透明のピンク色のドロップ。
あ、いちご味だ。おいしい。
「馬車が出るから、早く帰ったほうがいいんだが…一人で帰れるか? 送っていく? ちょっと後処理時間かかるけど…」と心配そうなガレンに
「…うん、やることあるでしょ。大丈夫。馬車出るし、一人で帰れるよ」と答える。
ほんとはやだけど。
「その方がいいな…。じゃあ、荷物こっちに預けろ」と言ってくれる。
手袋、レッグカバー、帽子、ジャケット、薙刀など全部預かるから身軽で帰れという。
……この人は聖人か。
馬車にのりこみ、これで帰れるとほっとした。何もする気にならず、膝をかかえ、目を瞑る。
ぐりちゃんは頭に止まってる。
自分が臭くてたまらない。うちが遠い。帰るまでが長い。早く帰りたい。お風呂に入りたい。
横になりたい。
ようやく馬車が自宅近くに着き、降りる。ふらふらになりながら、家に近づくと、おばちゃんがでてきて、勢いよくハグしてくれた。
「無事でよかった! 怪我してない? 大丈夫なのね。じゃあ、お風呂入りなさい。それとも先になにか食べる?」といわれ、迷わず、「お風呂にする」と答えた。
着ていた服と靴はこっちできれいにするから、と言ってくれた。助かる。
まずはシャワーで汚れを落とす。体中泡だらけにしてシャンプーして、すっきりしたところでやっと人心地が着いて湯船に身を沈めた。ラベンダーのいい香り。
ぐりちゃんはその間ずっと心配して浴槽の淵に待機してくれてる。
ありがとね、ぐりちゃん。
お風呂からでると、チキンブロスを用意してくれていた。
熱くて透明なスープが身体に染み込む。おいしい。
ブロスを飲み終わる頃には目が開かなくなっていた。
「何か食べる?」と聞かれたが、首をふる。今は何も食べる気がしない。
「スープ飲んだら、もう今日は母屋で寝なさい」というおばちゃんの言葉に、うん、と頷く。
のろのろと立ち上がり、ふと時間をみると、まだ二時前。うそでしょ。
おばちゃんはわたしがベッドに入ったのを見届け、前髪を横に手で梳き、布団をなおしながら、言った。
「じゃあ、あんたが戻ってきたから、わたしはこれからギルドに差し入れにいくからね。
ゆっくり休みなさいよ。お水ここに置いておくからね。ぐりちゃん、今日はヒュリみててね」
パンを詰めたカバンを背負い、おばちゃんは出かけていった。
いってらっしゃい。
その後、わたしは泥のように眠った。
おばちゃんが差し入れを持っていった数時間後、好物のメロンパンを発見したトップが狂喜したのはまた別の話。




