8 鎮痛剤作りの一歩
書庫での調べ物を終えたリディアは、レイモンドを探した。
廊下の突き当たりで、使用人に何か指示を出しているレイモンドを見つけ、用が済むのを待ってから、リディアは声をかけた。
「レイモンドさん、少しよろしいですか」
「はい、何でございましょう」
「あの……庭の片隅をお借りして、薬草を育てさせていただくことはできますか? 種や苗も、購入したいのですが」
レイモンドは、わずかに目を瞬いた。
「薬草で、ございますか?」
「ええ」
リディアは少し言葉を選びながら続けた。
「アルヴィス様のお役に立てることがないか考えて……でも、これといって思い浮かぶことがなくて。薬草くらいしか、私にできることが見当たらなかったので」
言いながら、少し気が引けてきた。
アルヴィスが望んでいるわけではない。それどころか「私には関わるな」とはっきり言われている。
リディアが勝手に考えて、勝手に動こうとしているだけのことだ。自己満足と言われれば、その通りだった。
「あ、もちろん薬草を使用するときは、必ずグレイ先生に確認をとります。勝手に何かをするつもりはありませんので」
急いで付け加えると、レイモンドはしばらく思案するようにリディアを見ていた。
「少々お待ちください。すぐに確認してまいります」
静かにそう言って、レイモンドは頷き去っていった。
リディアは廊下でひとり、ぼんやりと待った。
断られるかもしれない。
さすがに迷惑だろうか。いや、でも庭の隅っこを少し借りるだけだし——などと考えていると、思いのほか早くレイモンドが戻ってきた。
「旦那様より、お許しをいただきました」
「え、いいんですか?」
「はい。庭の東側をお使いください」
リディアは、ほっと息をついた。
「ありがとうございます。種や苗は、街に買いに行こうと思っているのですが……」
「必要なものをお申し付けいただければ、こちらで手配いたしますよ」
さらりと言ったレイモンドの言葉に、リディアはまた目を瞬いた。
「そんな、お手間をかけるわけには……」
「これくらい造作もないことです」
穏やかだが、有無を言わさない口調だった。相変わらず隙のない佇まいのレイモンドだったが、その目がどこか柔らかかった。
「では、お言葉に甘えます。ありがとうございます」
リディアはレイモンドにお礼を言い、丁寧に頭を下げた。
次に、リディアはグレイ医師のもとへ向かった。
グレイは屋敷内に設けられた診察室にいた。書物を広げていたが、リディアが入ると顔を上げた。
「何か?」
「ご相談があって」
リディアは書庫で書き留めた紙を取り出した。
「アルヴィス様の痛みを和らげる薬を、自分で調合してみたいと思っているのですが……先生のご意見を聞かせていただけますか」
グレイは紙を受け取り、目を通した。しばらく無言だった。
「……薬草の組み合わせは、悪くないですね」
独り言のように呟いてから、グレイはリディアを見た。
「ただ、素人が調合した薬がどこまで効くかは、正直わかりません」
「はい、それは承知しています」
「副作用の確認も必要です。実際にお使いになる前には、必ず私に見せてください」
「もちろんです」
グレイは少し考えてから、ため息とも苦笑ともつかない息を吐いた。
「……まあ、やってみてください。相談くらいなら、いつでも乗りますよ」
懐疑的な響きは少し残っていたが、グレイ医師の協力を得ることができたので、リディアには心強かった。
それから、リディアの毎日は、空が白み始める頃に起き出して、まずアルヴィスの寝室と執務室へ向かうのが日課になった。
はじめの数日は自分で身支度していたが、リディアの行動に気が付いたマーサが「身支度は使用人の仕事ですので」と、毎朝来てくれるようになった。
「あの……こんなに朝早く来てもらうのは、申し訳ないですので」
リディアは遠慮気味に言ったが、「問題ございません」ときっぱり言われ、恐縮するしかなかった。
アルヴィスは、いつも執務室にいた。
最初の頃は「私に関わるなと言ったはずだ」と、部屋に入るたびに言われたが、リディアはその言葉を聞きながら窓を開け、「お部屋の換気だけさせて下さい」と頭を下げて出ていくことを繰り返した。
七日ほど経った頃、いつものようにリディアはアルヴィスの執務室を訪れ「失礼致します、換気をしますね」と窓を開けた。今までなら「私にかまうな」と一言あるはずだが、アルヴィスは無言で息を吐いただけだった。一瞬、視線を感じたような気がしたが、結局リディアが退室するまで、何も言わず書類にペンを走らせていた。
(諦めてくださったのかしら?)
リディアがしつこく毎朝訪れるので、言っても無駄だと呆れられたのかもしれない。
(呆れられたとしても、換気が出来るなら良いわ)
リディアは、そう思うことにした。
それから、午前中は庭で薬草を育てに出た。
レイモンドが手配してくれた種と苗は、すぐに届いた。庭園の一角——といっても、子爵家の庭と比べたら何倍もある広さだった。そこに、鎮痛・解熱に使えそうな薬草から順に植えていった。水をやり、状態を確認し、気になることがあれば書庫に行って調べ直した。
土を触っていると、不思議と落ち着いた。
子爵家の庭で薬草を育てていた頃のことを思い出して、リディアは温かな気持ちになった。
最初の頃は、礼儀正しいが固い表情で、リディアを見つめていた使用人たちは、いつの間にか、笑顔であいさつを返してくれるようになっていた。
打ち解けたかといけば、まだ微妙な関係だが、それでも、何かが少しずつ、変わっていっているような気がした。
「あとは、フィア様と仲良くなれたら良いんだけどなぁ……」
そう、アルヴィスの娘フィアとは、まだゆっくり話をしたことがないのだった。




