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【完結】余命わずかな冷徹公爵様に嫁いだので、最期くらいは穏やかに過ごしていただくはずでした  作者: 佐倉穂波


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7 魔力回路閉塞症について

 翌朝、リディアは書庫へ向かった。

 レイモンドに「調べ物をしたい」と伝えると、「ご自由にお使いください」と案内してくれた。

「す、すごい」

 天井まで届く棚に、びっしりと書物が並んでいる。子爵家にはそもそも書庫というものはなく、調べ物があるときには、領地の図書館で借りていた。

 その図書館よりも、公爵家の書庫は大きかった。

「よし、調べるわよ!」

 蔵書の多さに圧倒されていたリディアだが、気合を入れるように頬を軽く叩くと、目当ての書物を探しはじめた。

 そして、魔力回路に関する書物を端から引き出し、机に積み上げた。


「グレイ先生が話してくれた通りね」

 魔力回路閉塞症——その病名の通り、魔力回路が閉塞した結果、体内を循環する魔力のバランスが崩れ、制御を失う病。原因は不明。現段階では確立された治療法はなく、対症療法のみ。書物によって多少の表現の違いはあったが、どれも同じ結論に行き着いた。

 リディアはページをめくる手を止め、一段落を読み返した。

 末期になると、魔力が体内で正常に循環されないことによる全身の痛みが常時生じる。その痛みは持続的で、安静にしていても和らぐことはない——。

 (常時、全身の痛みが……)

 リディアは静かに息を吐いた。

 前世で担当した末期癌の患者を思い出す。「痛み止めが効かないときは、痛くて眠れない」と、その人は静かな声で話していた。あの痛みに似ているのだろうか。いや、全身となればもっと——。

 読み進めると、鎮痛に関する記述が出てきた。

 鎮痛作用の強い薬草由来の成分は、依存性や他の副作用が強く、この国では違法薬物として厳しく規制されている。現在使用が認められている鎮痛剤は、作用の穏やかなものに限られていた。

 (アルヴィス様の部屋で見た薬袋……)

 あれは見覚えがあった。子爵領の薬屋でも扱っている、ごく一般的な鎮痛剤だ。

 リディアの脳裏に、ある記憶が浮かんだ。

 領地に住む老いた農夫が、長年ひどい腰痛を患っていた。その農夫が同じ鎮痛剤を服用していたが、「飲まないよりはマシ」という程度の効き目で、しばらくすると痛みがぶり返してくると言っていた。

 ある日、リディアが手持ちの薬草を調合して渡してみたことがある。

 数日後、農夫は畑仕事の途中でリディアを見つけ、わざわざ足を止めて頭を下げた。「リディア様からいただいた薬草の方が、よほど効きました」と。

 あの時は、領主の娘に気を使ってくれているのだろうと思っていた。

 (でも……)

 ページをめくりながら、リディアは別のことを思い出した。

 母が熱を出したとき、薬屋の解熱剤がなかなか手に入らず、書物を参考に自分で調合したことがあった。翌朝には熱が下がり、母に「いつものより、よく効いたわ」と言ってくれた。母の症状が軽かったからだと思っていたが……。

 (もしかして、本当に効いていたのかしら)

 アルヴィスが服用している鎮痛剤は、単一成分の既製品だ。

 もし複数の薬草を組み合わせて調合すれば——既製品より効果が出る可能性がある。依存性の低い素材を選べば、安全面でも問題が少ないはずだ。

 (まず、調べることから始めましょう)

 リディアは新しい紙を取り出し、本の内容を書き留め始めた。使えそうな薬草の名前、それぞれの作用と禁忌、組み合わせの注意点——子爵家の庭で育てていた薬草の名前もいくつかあった。


 ひと通り書き終えて、リディアは背もたれに身を預けた。

 鎮痛剤の問題だけではない。

「あとは……休息と、環境整備ね」

 思わず声に出ていた。

 今朝、執務室の蝋燭は根元まで溶けていた。つまり、アルヴィスは夜通し仕事をしていたことになる。もしそれが毎日のことだとしたら——痛みで眠れないのか、仕事が多すぎるのか、あるいはその両方か。

 元々病で体力を削られているところに、睡眠不足が重なるのは悪循環だ。

 それに、あの執務室の空気も気になる。毎日換気だけでも続けられれば、多少なりとも身体への負担を減らせるはずだ。「関わるな」と言われている以上、堂々とはできないが——窓を開けるくらいは、許してもらえないだろうか。

 (許してもらえるかどうかは別として、やるけれど)

 リディアは小さく苦笑した。

 問題は、アルヴィス本人に休息を取ってもらうことだ。「休んでください」と正面から言っても、聞き入れてもらえる関係ではまだない。

 前世で学んだことがある。患者に「休みなさい」と言葉で伝えるより、休める環境を先に整える方が、ずっと効果的なことがある。まず、できるところから手をつけていく。

(焦らず、一つずつ……グレイ先生にも相談してみよう)

 リディアは書き留めた紙を見つめた。

 人体への影響を確認せずに試すわけにはいかない。グレイ医師に相談する必要があるが——素人の思いつきと言われても、黙っているよりはいい。


 書庫の窓から、庭が見えた。

 薬草を育てていた小さな庭を思い出す。売り払った後、がらんとした土だけになった庭を。

(あとで、レイモンドさんに薬草を育てて良いか聞いてみましょう)

 場所は変わったけれど、また薬草を育てることができるならーーリディアの瞳は、やる気に満ちていた。

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