28 叱責
意識が、ゆっくりと浮かび上がってくる。
重い瞼を持ち上げると、見慣れた天井が視界に映った。自分の部屋だ、とリディアは、ぼんやりとそう理解した。
「――リディア様!」
声に反応して視線を向けると、マーサが目を見開いて駆け寄ってくるところだった。その目には、みるみるうちに涙が浮かんでいく。
「良かった……!」
「マーサさん……?」
まだ働かない頭で、リディアは瞬きを繰り返した。身体を起こそうとすると、節々がひどく重い。まるで、何日も動いていなかったかのような感覚だった。
「リディア様がお目覚めに!」
マーサの声に応じて、慌ただしい足音が響いた。扉が勢いよく開き、フィアが部屋に飛び込んできた。
「りでぃあ!」
そのまま寝台に駆け寄り、小さな腕を、リディアの首に回した。
「おめめさめた?」
フィアはリディアの肩に顔を埋めた。伝わってくる小さな体温と震えに、リディアはようやく、自分がずいぶんと長く眠っていたらしいことを悟った。
「フィア様、心配をおかけしました」
そっと背中を撫でながら、リディアは穏やかに言った。フィアは、しゃくり上げながら何度も頷いている。
そこへ、足早にグレイが入ってきた。
「意識が戻ったと聞いて――」
リディアの姿を確認すると、グレイは大きく息を吐いた。安堵の色が、その顔に広がる。
だが、それも束の間だった。
「……いったい、何を考えているんだ」
グレイの声が、一転して低くなった。
「無茶にも、程がある」
「先生……」
「魔力反発が、あれほど強く出ている状態で、何の対策もせず直接触れるなど……下手をすれば、君自身が暴走に巻き込まれていた。最悪の場合、命に関わっていたんだぞ」
グレイの声には、医師としての苛立ちと、それ以上に、隠しきれない心配の色が滲んでいた。
「三日。三日間、目を覚まさなかった。その間、皆がどれほど――」
そこまで言いかけて、グレイは一度言葉を切った。何かを飲み込むように、小さく息をついてから、続けた。
「……次に同じようなことをしたら、本気で怒るよ」
「ううっ、今も、十分怒っていらっしゃいます」
リディアが、思わず身を小さくしてそう返すと、グレイは僅かに眉を上げ、それから小さく息を吐いた。呆れたような、それでいてどこか安堵したような、複雑な表情だった。
「軽口が叩けるくらい、元気なら結構」
「すみません。心配をおかけしました。身体が、自然と動いてしまって……」
リディアは、しゅんと肩を落としながら、正直にそう言った。
「あの時は、他に方法が思いつかなくて」
「……まったく」
グレイは、深くため息をついた。
「君のその向こう見ずなところは、いつか本当に、命取りになるぞ」
「以後、気をつけます」
「本当だよ」
やり取りを聞いていたレイモンドが、静かに口を挟んだ。
「そうですよ、リディア様。次はありませんよ」
普段は物静かなレイモンドの声に、珍しく強い響きが混じっていた。それだけ、心配をかけたということなのだろう。リディアは、深く頭を下げた。
「ご心配をおかけしました」
「でも、お目覚めになられて、本当に良かったです」
マーサが、涙を拭いながら、何度も頷いた。
一通り落ち着いたところで、リディアは、恐る恐る尋ねた。
「あの……アルヴィス様は」
その問いに、部屋の空気が、わずかに変わった。それは、どちらかと言えば安堵したような雰囲気だった。
「夕刻まで、こちらにいらしてましたが、今は部屋でお休み頂いています」
レイモンドの言葉に、リディアはホッと胸を撫で下ろす。
「良かった、アルヴィス様は無事なんですね」
この部屋に来ていたということは、身体を動かせる程度には回復しているということだ。
グレイが、静かに口を開く。
「あの後、すぐに診察した。公爵も意識を失っていたから正確ではないが、明らかに病状が改善している」
「本当、ですか」
「ああ。完治はしていないが、これまでのように、ただ死を待つだけの状態ではなくなっている。きちんと診断するために、器具を取り寄せているところだ」
グレイは、そう言ってから、少し言葉を選ぶように続けた。
「君の魔力が、これまで薬湯や鎮痛剤で蓄積されていた分も含めて、大きく作用したのだろうというのが、私の見立てだ」
『死を待つだけの状態ではなくなっている』
その言葉が、じわりと胸に染み込んでいく。
「本当……に?」
「ああ……前例のないことで、正直、驚いている」
込み上げてくるものを堪えきれず、リディアの目から、静かに涙がこぼれ落ちた。
「良かった……本当に……」
震える声で、そう繰り返す。
フィアが、そんなリディアの頬に、小さな手をそっと添えた。
「りでぃあ、ないてる」
「……嬉しくて、涙が出てしまうこともあるんですよ」
そう答えながら、リディアは、フィアの頭を、そっと撫でた。
部屋には、しばらくの間、安堵の空気が満ちていた。マーサが涙を拭いながら何度も頷き、レイモンドも、口元を僅かに緩めていた。




