↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】余命わずかな冷徹公爵様に嫁いだので、最期くらいは穏やかに過ごしていただくはずでした  作者: 佐倉穂波


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/31

18 服用するか否か

 完成した鎮痛剤の小瓶を前に、リディアはまだ決心がつかずにいた。


(かえって、病状を悪化させてしまったら……)

 考えれば考えるほど、瓶の中の琥珀色の液体が、恐ろしいもののように見えてきてしまう。

 リディアが黙り込んでいるのを見かねたように、グレイが口を開いた。

「……私も、少し脅しすぎてしまったようだな」

 その言葉に、リディアは顔を上げた。

「副作用が出る可能性がないとは言わない。だが、動物実験を含め、安全性は確認しながら作った薬だ。効果については、私が保証する」

 グレイの声は、いつになく静かだった。医師として、無責任な太鼓判を押すつもりはない――それでも、リディアの不安を少しでも和らげたいという思いが、その口調には滲んでいた。

 しばらくリディアを見つめてから、グレイは静かに尋ねた。

「君は……何故、この薬を作りたいと思ったんだ?」

「薬を作りたいと思った理由……」

 脳裏に浮かぶのは、痛みに顔を歪めながらも、机に向かい続けるアルヴィスの姿だった。

「私は――」

 声が、微かに震えた。

「アルヴィス様の痛みを、少しでも和らげたいと思ったから……それだけです」

 言葉にしてみて、リディアは改めて気づく。

 難しく考えすぎていた。

 確かに薬は毒にもなる。けれど、グレイに指示を仰ぎ、可能な限りの安全性を心がけて作ったのだ。


 その時だった。

 診察室の扉がノックされ、グレイが返事をするよりも早く扉が開いた。

「すみません、グレイ先生」

 レイモンドだった。

「旦那様が、魔力暴走を起こされました」

 その一言で、リディアの手から、迷いが消えた。

 グレイと共に、リディアは執務室へと走った。廊下を抜けるたびに、空気が徐々に張り詰めていくのが分かる。扉に近づくにつれ、肌がぴりぴりと痺れるような、覚えのある感覚が強くなった。

 以前、感じたのと同じ、魔力暴走の気配だった。

 扉を開けると、その空気は一層強く、リディアの肌を叩いた。

 幸い、今回の発作は、前回ほどの激しさではないようだった。荒れ狂っていた魔力の波が、少しずつ、引き潮のように鎮まっていく。

 それでも――机に突っ伏すように座り込んだアルヴィスは、額に脂汗を滲ませ、苦悶に顔を歪めていた。荒い息の合間に、呻くような声が漏れている。

 その姿を目にした瞬間、リディアは、手の中の薬瓶を、強く握りしめていた。

 グレイが素早く容態を確認しながら、リディアに「どうするんだ?」と視線で尋ねてきた。

 リディアは、覚悟を決めたように頷き、アルヴィスに歩み寄った。

「アルヴィス様」

 声をかけると、アルヴィスは、辛うじて顔を上げた。焦点の合わない目が、それでも、リディアの方を捉える。

「痛み止めを、作りました」

 リディアは、震える手で瓶を差し出した。

「効果は、グレイ先生に確認していただいています……でも、副作用がどう出るかは、まだ分からないんです」

 正直に、そう告げた。今、この場で嘘をつくことだけは、したくなかった。

 アルヴィスの視線が、リディアの手にある瓶へと落ちた。

 しばらくの沈黙の後、掠れた、苦しげな声が、途切れ途切れに紡がれた。

「……元々」

 息を吸う。それだけの動作にも、明らかに苦痛が伴っているようだった。

「……いつまで、生きられるか……分からない、身体だ」

 言葉の合間に、荒い呼吸が混じる。

「副作用が、出たとしても……君が、気にすることは、ない」


 そう言うと、アルヴィスは震える手を伸ばし、リディアの手から、薬瓶を受け取った。

 震えているアルヴィスの指先が、瓶の蓋にかかる。硬く閉まっていたそれを回そうとして、一瞬、力が入りきらないように指先が止まった。それでも、もう一度力を込め直すと、小さな音を立てて、蓋が外れた。

 瓶の中の琥珀色の液体が、灯りを受けて揺れる。

 アルヴィスは、それをしばらく見つめていた。リディアを信じてくれているのか、それとも――もう、何が起きても構わないという諦めなのか。荒い呼吸を繰り返す横顔からは、どちらなのか読み取れなかった。


 瓶が、ゆっくりと傾いていく。

 瓶口が、震える唇に触れた。

 こくり、と喉が動いた。

 もう一度。喉仏が、上下する。

 琥珀色の液体が、少しずつ、瓶の中から失われていく。

 リディアは、瞬きすら忘れて、その様子を見つめていた。心臓が、痛いくらいに早く脈打っている。もし、何かの異変が起きたら――そう思うと、指先が冷たくなった。

 やがて、アルヴィスは瓶を口から離し、机の上にそっと置いた。薬は、ほとんど飲み干されていた。

 アルヴィスが大きく息を吐き、次の瞬間、糸が切れたように身体が傾いだ。

「アルヴィス様!?」

「大丈夫だ。気を失っただけだ」

 慌てるリディアに、グレイが冷静に「魔力暴走のあとは、いつもこうなる」と教えてくれた。 


 リディアは、祈るような気持ちで、アルヴィスの色を失った顔を見守るしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。