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【完結】余命わずかな冷徹公爵様に嫁いだので、最期くらいは穏やかに過ごしていただくはずでした  作者: 佐倉穂波


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16 鎮痛剤作り

 庭で育てていた薬草は、順調に育っていた。

 鎮痛・解熱に効くとされる葉は、すでに何度か摘み取れるほどの大きさになっている。リディアは葉の状態を確かめながら、いよいよ本題に取りかかる時が来たことを実感していた。


(これだけあれば、試作品を含めても足りるわ)

 鎮痛剤の調合――アルヴィスの痛みを、少しでも和らげるための薬だ。


 リディアはグレイに頼み、試作に取りかかることになった。診察室の隅に設けられた作業台には、あらかじめグレイが用意してくれた道具が並んでいる。すり鉢、天秤、蒸留に使う硝子瓶。

「まずは、こちらの葉から始めよう」

 グレイの指示に頷き、リディアは慎重に葉を選り分けた。厚みのある、色の濃い葉ほど薬効が強い。書物で読んだ知識と、以前培った感覚を頼りに、一枚一枚を吟味していく。

 選んだ葉を、すり鉢に入れて丁寧に潰す。青くさい香りが立ち、リディアの指先に緑の染みが移った。

 次に、別の薬草――鎮静作用のある根を、細かく刻んでいく。包丁を入れるたびに、しゃく、しゃく、と小さな音が響き、独特の香りが漂う。

「分量は、多すぎても少なすぎても駄目だ。少しずつ、様子を見ながらだ」

 グレイの言葉に、リディアは天秤に慎重に薬草を載せていった。針が僅かに揺れ、目当ての目盛りで止まる。

 潰した葉と刻んだ根を混ぜ合わせ、少量の水と共に硝子瓶へ入れる。それを弱火にかけ、じっくりと煮出していく。

 湯気が立ち始めると、部屋の中に、これまで嗅いだことのない複雑な香りが満ちていった。薬湯とは違う、もっと苦味と鋭さのある匂いだ。

 リディアは瓶の中身をじっと見つめながら、色の変化を確かめる。透明だった液体が、次第に琥珀色に近づいていく。

「……そろそろか」

 グレイが火を止め、瓶の中身を慎重に濾していく。出来上がったのは、ほんの数滴分の、濃縮された液体だった。

「完成……ですね」

「ああ。これは一旦預かって、安全性を調べさせて貰おう」

「わかりました。よろしくお願いします」

 試作品は、グレイの手によって、まず動物を使った試験に回された。


 数日後、結果が出たと聞き、リディアは診察室でグレイと向き合っていた。

「正直……驚いた」

 グレイは、記録用紙を見つめながら、珍しく声に感情を滲ませていた。

「既存の鎮痛剤より、鎮痛効果は明らかに高い。それでいて、依存性を示す反応は低く出ている」

「本当ですか?」

「ああ。それだけじゃない」

 グレイは、もう一枚の記録を差し出した。

「魔力回路の反応にも、安定の傾向が見られた……薬湯の時と、同じだ」

 リディアは、その言葉に息を呑んだ。

「材料も、作業の手順も、特別なものは何一つ使っていない。市井の薬師が調べれば、誰でも思いつく組み合わせのはずだ」

 グレイは、腕を組んで考え込んだ。

「だとすれば、やはり――」

「私の魔力、ですか」

 リディアが静かに続けると、グレイは小さく頷いた。

「調和系の魔力が、無意識のうちに作用しているんだろう。薬草そのものの効能に、君の魔力が上乗せされている。理論上は有り得る話だが……ここまで顕著に出るとは、正直、想定していなかった」

 珍しく、グレイの声には隠しきれない驚きが滲んでいた。

 だが、その表情はすぐに、医師らしい厳しいものに戻った。

「ただし――副作用については、まだ何もわかっていない」

 その一言に、リディアの胸が、すっと冷えた。

「動物実験では、目立った異常は出ていない。だが、それだけで安全だと断言はできない。遅延性の副作用が出てくる可能性は否定できない」

「……はい」

「効果が高い分、身体への負担も未知数だ。安易に大丈夫だとは言えない」

 グレイの言葉は、リディアを不安にさせるためのものではなく、医師としての、当然の慎重さからくるものだった。それは分かっている。分かっていても、リディアの心には、小さな棘のようなものが刺さった。


 その日の夜、リディアは自室で、出来上がったばかりの試作品を眺めていた。

 小瓶の中で、琥珀色の液体が、灯りを受けて静かに揺れている。

(もし――)

 もし、これを飲んで、アルヴィスの容態が悪化してしまったら。

 考えたくもないことが、次から次へと浮かんでくる。せっかく穏やかになりかけていた発作が、逆にひどくなってしまったら。今は現れていない副作用が、後になって出てきたら。

 薬は、使い方を誤れば毒になる。それは、前世でも、今世でも、変わらない真実だった。良かれと思って処方した薬が、患者を苦しめる結果になることだって、決して珍しくはない。

(副作用が未知数ということは……)

 想定していない何かが、起こるかもしれないということだ。

 良くなってほしいと願って作った薬が、もし、アルヴィスを今よりも苦しめる結果になったら――そう考えるだけで、指先が冷たくなっていく。

 瓶を持つ手に、自然と力がこもった。

(アルヴィス様のために、と思って始めたことなのに)

 リディアは、小瓶をそっと机に置き、震えそうになる指を、もう片方の手できつく握りしめた。

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