12 リディアの魔力(グレイ視点)
薬湯について確かめたい。
グレイは、夕方、庭の一角――薬草の手入れを終えたリディアが厨房へ向かう頃を見計らって、声をかけた。
「少し良いかな?」
「グレイ先生? はい、何でしょう」
振り返ったリディアは、少し驚いた表情をしたが、すぐに穏やかな笑顔で応じた。
「薬湯について、一度詳しく調べたいのだが」
その言葉に、リディアの表情が、目に見えて曇った。
「もしかして……何か、悪いものでも入っていましたか?」
不安げに眉を寄せる様子に、グレイは慌てて首を振った。
「いや。不備があるという話ではない。ただ、少し気になることがあるだけだ」
診察結果と薬湯との関連は、まだ確証があるわけではない。下手に期待を持たせるような言い方をするわけにもいかず、グレイは言葉を濁した。
リディアは不思議そうに首を傾げたが、「不備があるわけではない」というグレイの言葉に、ほっとしたような表情を浮かべた。
「そうですか。わかりました」
それ以上は追及せず、リディアは薬湯の材料と作り方を、丁寧に教えてくれた。
診察室に戻ったグレイは、早速、薬湯の分析に取りかかった。
使われている薬草は、やはりどれも一般的なものばかりだ。鎮静作用のあるハーブと、数種の若葉――希少な素材が使われているわ単語けでもなければ、特別な配合が施されているわけでもない。ごくありふれた組み合わせだった。
(やはり、薬草自体に特別な効能があるわけではなさそうだが……)
念のため、魔力反応を調べる術式を組んで、湯呑みに残った薬湯へかざしてみる。
通常であれば、この薬湯に魔力の反応が出ることはない。魔力を有する薬草は使用されていないからだ。
だが、計器の針が、微かに動いた。
「……これは」
グレイは眉を寄せ、術式を組み直して、もう一度確かめる。
やはり、反応がある。ごくわずかではあるが、薬湯には魔力が作用していた。
(魔力を込めるような作り方はしていなかった……だとすれば……)
考えられるのは一つしかない。作り手であるリディア自身の魔力が、無意識のうちに薬湯へ溶け込んでいるということだ。
グレイは翌日、再びリディアを呼び出した。
「君の魔力特性は、何だい?」
単刀直入に尋ねると、リディアは少し戸惑ったように視線を泳がせた。
「え、っと……調和系、だと思います」
歯切れの悪い答えだった。
「だと思う」というのは、曖昧な言い回しだ。グレイは眉根を寄せる。
「思う、とは? 正式な判定を受けていないのか」
「はい……。その、お恥ずかしい話なのですが、判定料を払う余裕がなくて」
リディアは気まずそうに、うつむいた。
(そういえば……)
資金援助を条件に、アルヴィスに嫁いできたという話を思い出す。没落寸前だった実家のために、多額の援助と引き換えに、この縁談を受け入れたのだと。魔力判定一つにも、金を惜しまねばならない生活だったのだろう。
グレイは、少し声を落とした。
「調和系の魔力は、極めて希少なものだ。……知っているか?」
調和系の魔力は、魔力そのものを強めるのではなく、乱れた魔力の流れを整え、均衡へ導く性質を持つ。戦闘向きではないため価値を知らない者も多いが、医療や魔法薬学との相性は群を抜いている。とはいえ、判定で確認される例は数万人に一人とも言われ、実際に扱える者はさらに少ない。
「そうなんですか? 私、あまり魔力について詳しくなくて」
のんびりとした返事に、グレイは思わず額に手を当てそうになった。
(自分の魔力の希少性にまるで気づいていないのか)
「調和系は、魔力循環の安定と相性が良いとされている。理論上は、だが」
あくまで理論上の話だ。過去に何度か研究がなされたこともあるが、実際に目立った成果が上がったという話は、寡聞にして聞いたことがない。
(だが、もし――)
グレイの脳裏に、ある可能性が過ぎった。
(彼女の魔力が薬湯に溶け込み、それをアルヴィスが毎日摂取したことで、わずかながら魔力循環に作用した……?)
あくまで仮説の域を出ない。数値の変化は、誤差と言われればそれまでの、ごくわずかなものだ。だが、これまで悪化の一途を辿っていた病状が、ここへ来て初めて足踏みを見せている。偶然と切り捨てるには、少々出来過ぎているようにも思えた。
「あの、先生? 私の魔力、何かおかしいんでしょうか」
考え込むグレイに、リディアが心配そうに顔を覗き込んできた。
「いや……」
グレイはひとまず言葉を濁した。まだ確証と呼べる段階ではない。憶測だけで期待を持たせるのは、医師として無責任だろう。
「ただ、君の魔力は、思っていたより珍しいものらしい、というだけだ」
「そうなんですね……珍しいって言われても、実感が湧かないですけど」
リディアは、のほほんとした調子でそう言うと、小さく首を傾げた。まるで他人事のような、反応だった。
希少な魔力の持ち主だと告げられて、この反応――グレイは、思わず脱力するように肩を落とした。
(自分に無頓着なのは、アルヴィスと同じだな)
自分の価値というものに、まるで無頓着らしい。
それが良いのか悪いのか、グレイにはにわかに判断がつかなかった。




