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フィルム36枚じゃ、君を撮り足りない。 〜きみに感光(こが)れる、写真部の初恋〜  作者: ゆあ


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5.小坂一誠

「……はぁ」

 彼は大きなため息を吐き出し、カメラを机の上に置き、ゆっくりと立ち上がる。

「矢田(やた)、駒川(こまがわ)……邪魔するなら帰れ」

 ぶっきらぼうな声。

 でも、怒鳴るわけでも、見下すわけでもなく、ただ淡々と言っているだけだった。


 そんな彼を、オレはチラリと見る。

 ネクタイの色は青。

 ということは、この人はギャル先輩と黒髪ぱっつん先輩と同じ二年生ってことだ。

 背は……オレより頭ひとつくらい大きい。

 少しだけ長めの黒髪に、不愛想という言葉がそのまま人になったみたいな雰囲気の先輩。

 だけど、さっきカメラを持っていた姿だけは、別人みたいだった。

 静かで、迷いがなくて……写真を撮ることに、全部の意識を向けているように見えた。

 その姿が、なんだかすごくカッコよかった。


「小坂、愛想ない」

 黒髪ぱっつん先輩が呆れたように呟く。

「イチくん、新人くんだよ?こんなに可愛いわんこが来たのに、歓迎してあげてもいいんじゃないかな?」

 ギャル先輩も頬を膨らませながら抗議してくる。

 でも、小坂先輩は気にした様子は全くなく、さっき置いたカメラへ視線を落としていた。

 それから何かを思い出したように、もう一度だけオレの方を見る。


「…………」

 表情からは何を考えているのか全然わからない。

 でも、不思議と嫌な感じはしなかった。

 ただ、初対面の一年であるオレを確認しているだけなのに、その視線が妙に印象に残った。


「……小坂、先輩?」

 自分でも驚いた。

 気付いたら、先輩の名前を呼んでいた。

 黒髪ぱっつん先輩が言った名前に、見覚えがあって……どうしても、確かめたくなったんだ。


「小坂って……あの、廊下に貼ってあったグランプリの人ですか?」

 職員室前の掲示板に張り出されていた、あの写真が頭に浮かぶ。


 一面に広がる黄色いヒマワリ畑。

 その中にぽつんと立つ、ひとりの女性。

 ただ綺麗な景色を撮っただけじゃない。

 その人が何を見て、何を感じているのか……写真なのに、夏の風を感じるような一枚だった。


 オレは写真のことなんて、何も知らない。

 だけど、あの写真を見た瞬間——すごく、惹かれた。

 その写真を撮った人が、今目の前にいる。

 そう思った瞬間、少しだけ胸が高鳴った。


「ん?」

 ギャル先輩がオレと小坂先輩の顔を交互に見比べたあと、目を真ん丸くしてすぐにニヤリと笑みを作る。

「そっかぁ~。銀ちゃんはイチくん目当てで来たんだね」

 ニヤニヤと何か勘違いしているような笑みに、オレは慌てて首を横に振って否定する。

「いや、ちがっ!?その……そういう意味じゃなくて……って、どういう意味でもないです!ただ、写真が気になって……」

 全力で否定するのは、なんか小坂先輩に悪い気がして、しどろもどろになりながら説明する。

 そんなオレの姿を見て、ギャル先輩は楽しそうに笑っていた。


「え~、本当かなぁ?でも、イチくんの写真に惚れたんだよね?」

「銀くんのハートを射止めた小坂、エラい」

 黒髪ぱっつん先輩は目を輝かせながら小坂先輩に向かって親指を立てて褒めている。

「小坂の写真、人が映ってないから、みんな通り過ぎる人が多い」

「……え?」

 だって、オレが見た写真は……あの人が映っていた。

 口元しか見えなかったけど、多分すっごく綺麗な人。


「イチくんの写真、廃墟とか風景とか、どこか寂しい雰囲気のばっかりだもんね」

 うんうん。と黒髪先輩の言葉に賛同するギャル先輩。

「寂しい……ですか?」

 オレは素直に思った疑問を口にすると、黒髪ぱっつん先輩は一瞬驚いた顔をするも、すぐに優しく微笑んでくれた。

「私たちはそう思うだけ。でも、銀くんはちゃんと小坂の写真を見てるんだね」


 言われた瞬間、頬がカーッと熱くなるのを感じ、俯いてしまう。

 だって、オレは写真のことなんて何もわからない。

 ただ、なんとなく惹かれただけだ。

 でも、その気持ちを認めらてもらえたような気がして、嬉しかった。


「そっかそっか。じゃあ、銀ちゃんも立派な写真部の一員だね。カメラは何を使う?」

 ギャル先輩に聞かれ、オレは慌てて顔を上げ、先輩たちの顔を見る。


「えっと……じいちゃんに古いフィルムカメラをもらったんだけど……じゃなくて、もらったんです」

 つい普段の口調が出そうになり、慌てて敬語に言い直す。

「フィルムカメラなんだ~。いいじゃん♪いいじゃん♪」

 嬉しそうに頷いてくれるふたりの先輩の奥で、小坂先輩が横目でオレの方を見ていた。


「でも、オレ……使い方は全然わからなくて……」

 言ったものの、本当にあのカメラの使い方は全くわからない。

 じいちゃんにもらったとき、ちゃんと色々教えてもらえばよかった。

 でも、あのときは全然カメラになんて興味がなくて……というか、今日まで存在自体を忘れていた。

 こんな状況では、じいちゃんのカメラを持っていても意味がないかもしれない。


「大丈夫」

 オレの不安を察してか、黒髪ぱっつん先輩がハッキリと言ってくれる。

「私もスミレも、使っているのはスマホだけ。カメラ持ってるのは小坂と顧問の先生くらいだから」

 そう言って、ブイッと指でピースを作ってくる。

「え?じゃあ……オレも……」

 オレもスマホで撮影すればいい?

 でも……それはなんか違う気がする。

 せっかくじいちゃんにもらったカメラがあるのに……

 せっかく、写真に興味が出たのに……

「だから、銀くんは小坂に教えてもらえばいい」

 黒髪ぱっつん先輩の言葉に、オレはドキッとし、慌てて小坂先輩の方を振り向く。


 小坂先輩は一瞬迷惑そうな顔をするも、軽くため息を吐き出しながら諦めたように首を軽く横に振っていた。


「絶滅危惧種くん、改め、銀くんは今日から写真部の一員」

「絶滅危惧種はやめてください……」

 オレが思わず苦笑しながら否定すると、黒髪ぱっつん先輩は柔らかい笑みを浮かべて笑ってくれた。


 この日、オレは写真部に入った。

 カメラの知識も、写真の撮り方も、まだ何ひとつない。

 そんなオレが、先輩たちしかいない写真部に入るなんて思ってもいなかった。

 でも、不安以上に、胸の奥で小さな期待が膨らんでいた。


 だから——

 明日、じいちゃんからもらったカメラを持って来たい。

 そう、初めて思えたんだ。

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