2.写真との出会い
彰が家庭科部に入ってから、一週間。
アイツは当たり前のように部活に勤しんでいるのに、オレはまだどの部に入るのを思い悩んでいる。
「……君!陸上には興味ないか?」
「いやいや、演劇部とかどう?キミは主役よりヒロインの座を勝ち取らないか!」
「オカルト研究部です。あなた……柴犬の霊がついてますよ」
放課後の廊下は、新入生勧誘で今日も騒がしく、ちょっと歩くだけで勧誘の嵐だった。
いや、なんか変な部の勧誘とかめっちゃあるんだけど……
ってか、誰ださっきの演劇部!
普通ここはお世辞でも【主役】って言わない?
なんで【ヒロイン】なんだよ!
確かにチビなのは認めるけど、別に女っぽいって言われたことなんか一回もないんだからな!
つーか、柴犬の霊ってなに!?えっ!こわっ……いや、怖いのか?
頭に浮かぶのは尻尾をブンブンと振り回し、嬉しそうな笑みを浮かべてこっちをじっと見てくる茶色のふわふわ。
怖いって印象よりも、どう考えても可愛いというイメージしか湧いてこない。
むしろ今のオレには、モフモフの癒やし担当としてぜひ憑りついていて欲しい。
できれば、今すぐ顕現してモフらせてほしいくらいだ。
「はぁ……どこの部もピンとこ~な~い~!オレにぴったりの部活ってなんだー?」
虚しい叫びが廊下に響く。
いや、実際は喧騒に掻き消されて誰の耳にも届いてないっぽいけど……
「はぁ……やりたいこと決まってるヤツはいいなぁ……」
廊下のあちこちでは、もう入部を決めたらしい一年生が先輩たちと楽し気に笑い合っている。
みんな、ちゃんとやりたいことがあって、その目標を叶えるべく部活を決めている。
全員が全員、そうってわけじゃないかもしれないけど、今のオレにはみんなが輝いて見えた。
オレだって、高校に入ったら何か新しいことを始めようとは思っていた。
でも、いざ選ぶってなると、どれもこれも『これだ!』って思えるものがない。
「はぁ……なんか、新しいことしたいなぁ……」
ため息をつきながらとぼとぼと歩いていると、不意に足が止まった。
さっき通り過ぎたはずの掲示板が、なぜか気になってしまった。
掲示板に張り出されたのは、四つ切のポスターサイズの写真が一枚。
【グランプリ受賞!二年 小坂一誠】
黄色い花が一面に咲く景色の中、ぽつんと女性が立っていた。
亜麻色の長い髪が風に揺れ、麦わら帽子がその人の表情を隠している。
見えているのは、笑みを浮かべた淡いピンクの唇が印象的な口元だけ。
それなのに、不思議なくらい楽しそうで、しあわせそうに見えた。
写真なのに、風が花を揺らす音や、夏の陽射しまで伝わってくる気がした。
「写真って……こんなの、撮れるんだ……」
思わず声が漏れた。
写真なんて、今まで興味なんかなかった。
なんとな~くスマホで撮って、何気なく送ったりはしてたけど、いつも見返すことなんてなかった。
スマホの容量が圧迫してきたら、最初に消していくのが写真とか動画だった。
だから、写真なんてその程度のものだと思っていた。
それなのに、この一枚からは、何かが伝わってくる気がした。
こんな場所、行ってみたい。
この人、どんな人なんだろう。
何を見て、笑っているんだろう。
……それに。
「なんで、こんなにちっちゃく写したんだろ?」
オレだったら、もっと近づいて撮ると思う。
せっかくこんな綺麗な人なんだから、もっと近くで大きく撮りたいって思わないのかな?
いや、口元しか見えないから、どんな顔の人なのかわからないけど……
でも、なんで?
この写真を撮った人は、この撮り方じゃなきゃダメな理由があったのかな?
顔を見せない方が、この景色には合うって思ったのかな?
この人より、この景色を見てほしかったのかな?
「オレだったら……もっと笑ってるのを撮りたいなぁ……」
不意に、こんなことを考えてしまった自分に少し驚く。
「……っつっても、オレ、カメラ持ってないじゃん!……ぁっ!」
呟いた瞬間、ふっと頭に浮かんだのは、じいちゃんの笑顔だった。
『銀二の見た景色を、このカメラに残してみんか?』
入学祝いにもらった、古いフィルムカメラ。
なんとかってメーカーの古いやつ。
えっと、あれ……どこに仕舞ったっけ?
たしか、引き出しの奥に入れたままだったはずだ。
黒と銀色のごつい一眼レフカメラ。
「あるじゃん!オレ、カメラ持ってる!」
そう思ったときには、足が動いていた。
オレでもあんな写真が撮れるかも!
掲示板に張り出されてたってことは、多分部活とかもあるはずだ。
本当に写真部があるのか、オレみたいな素人が入っていいのか、何もわからなかった。
それでも、不思議と足は止まらなかった。
怖いとか、緊張するとか……そんな不安よりも『やってみたい』って気持ちがずっと大きかった。
もしかしたら、オレにもあんな写真が撮れるようになるかもしれない。
そんなことを考えるだけで、胸がドキドキした。
ワクワクした気持ちが抑えられなくて、気付けば歩く速さも速くなっていた。
なんだか、新しいことが始まる。
そんな予感がしたんだ。




