10.天国から地獄へ……そして、
今日も今日とて、オレの楽しみでしかたない部活の時間です。
……そう。楽しみだったはずなのに——
「ふえぇ~……な、なんで?」
今、オレは絶望の淵に立たされていた。
目の前にあるのは、昨日まであんなに大切に抱えていた相棒——ミノルタくん。
その相棒から、聞いたことのない音が鳴り続けている。
シュイーン……シュイーン……
「は……?え……?」
な、なにこの音。
まさか……
「オレの相棒、壊れた!?」
そんな絶望が始まったのは、ほんの数秒前のことだった。
部室に向かう途中、廊下の窓から見えた一羽のスズメ。
ふっくらもちもちのボディーが可愛くて、オレはついカメラを構えた。
——カシャッ
いつもの気持ちいいシャッター音が響き……
シュイーン……シュイーン……
「……は?」
いきなりカメラから聞いたこともない音が鳴り始め、オレはパニックに陥る。
慌ててカメラをひっくり返したり、横からのぞき込んでみるも、原因がわからない。
「ちょっ、ちょっと待って!?なんで?と、止まって!止まれよぉ!」
オレの悲痛な叫びが廊下に響き渡る。
しかし、両手に抱えられたカメラはなおも機械音を鳴らし続けていた。
「うそだろぉ……」
じいちゃんからもらった、大事な相棒なのに……
まだ、三日しか使ってないのに……
オレ、壊しちゃった?
半泣きになってその場で立ち尽くしていると、不意に背後から少しぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
「……何やってるんだ?一年」
振り返ると、そこにはオレの救世主であり心の師匠である小坂先輩が呆れ顔で立っていた。
「小坂せんぱーい、どうしよう。オレのカメラ壊れちゃった?オレ、まだこれからなのに……」
半泣きになりながら訴えると、小坂先輩は何も言わずにオレのカメラを受け取った。
相変わらず異音を上げているそれを受け取ると、先輩はカメラの上部をじっと見つめる。
うぅ……やっぱり壊れてんのかな?
修理に出さなきゃダメ?っていうか、古いカメラっぽいから修理に出して直らないって言われたらどうしよう……
それに……修理代、いくらくらいすんだろ?
ってか、じいちゃんがくれた大事なカメラなのに……
先輩が無言でカメラを見つめているだけなのに、どんどん不安が募っていく。
オレがそんなことを考えているうちに……
カチッ。 という小さな音が鳴ると同時に、さっきまで響いていた不穏なシュイーンという音が止まった。
「あっ!直った!?」
小坂先輩がなんかして直してくれたんだと思い、目を輝かせながら先輩を見つめる。
よかったぁ~。
じいちゃんになんて言い訳しようって、本気で考えちゃった。
「……三日か……結構早かったな」
それなのに、先輩は何か不穏なことを呟いていた。
「え?な、なにが……?」
オレは思わず身を乗り出し、先輩とカメラを交互に見て不安げに呟く。
「オレが……壊すまでのリミット?」
「……」
一瞬だけ。
本当に、一瞬だけだけど、小坂先輩の口元がフッと緩んだ。
「違う」
先輩はオレのカメラの裏蓋をパカッと開け、コロンとフィルムを取り出したをオレに渡してくれた。
「……アレ?フィルムって、こんなんだったっけ?」
オレはフィルムを摘まみ上げ、最初に買ったときと違う様子に首を傾げる。
「お前が撮り終えただけだ。別に壊れてなんていない」
……ん?何が?
壊れてないってのはホント?安心していい?
でも、何を撮り終えたって言うんだろ?
オレがキョトンとした顔で先輩を見つめていると、先輩は呆れたようなジト目でオレを見てため息をついていた。
「三十六枚、全部取り終えたから、カメラがフィルムを自動で巻き上げたんだ。だから、そのフィルムでの撮影は終わりだ」
先輩の言葉を聞いて、オレは目をパチクリとさせながら、頭の中で反芻する。
撮り、終えた?
三十六枚……全部?
え?マジで!?
「え!じゃあ、これで写真見れんの?」
つい目が輝いてしまう。
「……現像に出して、プリントすればな」
……現像?
プリントは……多分、なんとなくわかる。
でも、現像に出すってどういうことだ?
「小坂先輩、現像って……何?」
オレが尋ねると、小坂先輩はまた盛大なため息を吐き出していた。
うん。なんか初歩的なことを聞いてしまったらしい。
でも、先輩はオレがわかるように、丁寧に教えてくれた。
なんか、写真屋さんに行ってフィルムの現像ってのをしてもらわなきゃ写真にならないらしい。
昔、母さんのアルバムで見たことがある。
写真の入った封筒の中に一緒に入ってた茶色のやつか。
そっかぁ……アレの正体はこのフィルムだったのか……
「へぇ~!あれがそうだったんだ!」
今までずっと気にしたこともなかったけれど、謎がひとつ解けて、オレは思わず声を弾ませた。
「ん?でも……アレ、茶色のワカメだったけど……なんでカラーになんの?」
オレの何気ない疑問が口から零れた……そのときだった。
「……」
小坂先輩の口元がふっと緩んだ。
「……え?」
オレは思わず目を瞬かせて先輩を見る。
今……笑った?
見間違いじゃないよね。
ほんの少しだけど、いつも無表情な先輩の口元が優しく緩んだ気がした。
その表情が意外すぎて、オレは先輩の顔から目を離せなくなった。
「正確な色を再現するために、オレンジマスクっていう補正がされてるんだ。まぁ……どうやっているのかは、俺も詳しくはわからないけど」
小坂先輩は淡々とした声で説明してくれている。
でも——
オレの耳には、その説明の半分くらいしか入ってこなかった。
だって、さっき……先輩は笑ってた。
一瞬しか見せてくれなかったけど、口元が緩んでいるのを見た。
それだけだったのに、なぜか胸がソワソワして、気付けば先輩の顔ばかり見てしまっていた。
「……聞いてるのか?」
「へ!?あ、き、聞いてます!」
オレが慌てて返事をすると、先輩は怪訝そうな顔をしただけで、また小難しい説明を続けてくれた。
……ごめん、先輩。
先輩は色々教えてくれたんだけど、オレンジマスクとか補正とか……難しくて半分もわかんないや。
でも、今日一番印象に残ったのは、難しい話じゃない。
ほんの一瞬だけ見せてくれた、先輩の笑顔だった。
それから、部活が終わっあと、小坂先輩がいつもプリントに出している写真屋さんに連れて行ってもらった。
すぐにでも写真が見れるって思ってたんだけど、明日の放課後に取りに来なきゃ見れないんだって……
ちょっとしょんぼりしてしまったけど、明日のお楽しみだと思って我慢することにした。
フィルム写真って、撮ったあとまでこんなにワクワクするんだ。
オレは、明日の放課後が待ち遠しくてしかたなかった。




