9.初めての一枚
……え?
オレがやるの?
てっきり先輩が全部やってくれると思っていたのに……
唐突に戻ってきたカメラとフィルムを受け取るも、どうすればいいのかわからず固まってしまう。
なんか鏡みたいなのがついてて、端っこにフィルムを嵌められそうな隙間はある。
でも、これで合ってるのか?
というか……
「……小坂先輩」
オレは思わず弱気な声で先輩の名前を呼んでしまった。
小坂先輩は返事をしなかった。
ただ、オレの顔と開いたままのカメラ、それから手の中で行き場をなくしているフィルムへと視線を移していく。
その無表情な顔を見ているだけで、心臓がなぜかドキドキとうるさかった。
……やっぱり、呆れられたよな。
こんなのもできない一年なんて、面倒だって思われたかもしれない。
だったら、もう一回自分でやってみよう。
失敗したら……フィルム、買い直さなきゃダメかもしんないけど……
コレ……高かったんだけどなぁ……
失敗したときの不安を抱えながらも、オレがフィルムを持ち直した、そのときだった。
先輩が小さく息を吐き出す声が聞こえた。
「……はぁ」
あ……ため息、ついてる。
うぅ……やっぱり怒らせちゃった?
肩を縮こませながらわからないながらも、無理矢理フィルムをカメラに突っ込もうとするオレとは対照的に、小坂先輩は落ち着いていた。
「無理に押し込んでも入らないから」
先輩の冷たい言葉に、オレの手が止まる。
そんなオレの手元を見て、先輩はもうひと言言ってくれた。
「……教えるから」
ぶっきらぼうな言い方だった。
でも、不思議と責められている感じはしなかった。
むしろ──
『ちゃんとできるようになるまで付き合ってやる』
そんなふうに言われた気がして、オレは慌てて顔を上げ、思わず何度も頷いてしまった。
「は、はいっ!」
先輩は最初めんどくさそうだったけど、やり方がわからなくてオレの手が止まると、ちゃんと待ってくれて説明してくれる。
「まずはフィルムを少しだけ引き出す。ここ」
先輩の指が、カメラの中の小さな部分を示す。
「この歯の部分に穴を合わせる」
「は、はい……」
オレは言われた通り、慎重にフィルムを引き出した。
でも、緊張しすぎて指先に変な力が入ってしまう。
穴を合わせようとしても、何故かフィルムが浮いてしまって突起に収まってくれない。
「あれ……」
もう一回。
もう一度押さえてみるも、くるんとしたフィルムはすぐに浮いてしまう。
焦ってギュッギュッと押さえようとして、指先がぷるぷる震えた。
なんでぇ……
これ、高かったなのに!
もしかして不良品だった?
どうしよう……もっと強く押さえたらいける?でも、カメラ壊れちゃわない?
頭の中がそんな不安な気持ちでいっぱいになってしまい、余計に焦りが指先に現れる。
「……力入れすぎ」
不意に、先輩の静かな落ち着いた声が聞こえた。
「え?」
「不良品じゃないから」
その一言を聞いた瞬間、ほんの少しだけど不安だった気持ちが軽くなり、肩に入っていた力が少し抜ける。
「フィルムを軽く押さえるように、穴に指を添えるくらいでいい」
言われた通りに指先の力を抜いて、フィルムを撫でると、不思議なくらいスッと突起が穴に収まった。
「あっ……入った!」
オレは思わず声が弾んだ。
そんなオレを見て、先輩は小さく頷くだけだった。
「……うん」
でも、その短い返事がなんだか少しだけ嬉しかった。
「ベロ……端っこは、ここに差し込む」
最初はめんどくさそうだったのに、先輩はひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
口調は相変わらず淡々としている。
でも、適当に教えているわけじゃない。
ちゃんと、オレがこのカメラを使えるようになるように教えてくれている。
急かすわけでもなく、オレが出来るようになるまでゆっくりと……
それがなんだか嬉しかった。
「あとはフィルムは軽く押さえながら、しっかり歯がフィルムを噛んでるか確認する。大丈夫なら蓋を閉めて、巻き上げるんだけど……」
蓋を閉めると同時に、ジィーっと機械が動く音がし、カウンターが勝手に【1】になった。
「それ、自動巻き上げだから、あとは好きに撮ればいいよ」
そう言って、先輩は自分の仕事は終わったとでも言うように、元の席へと戻り、また光るボックスをルーペみたいなので覗きだした。
「へ?え……あ、ありがとうございますっ!」
あまりにもサクサクっとされたせいで、ついお礼を言うのが遅くなってしまった。
でも、今、オレの手の中にあるカメラにテンションが上がる。
「よかったね~、銀ちゃん」
「よし、銀くん。さっそく何か撮ろう」
スミちゃん先輩とつぅちゃん先輩に誘われ、オレはさっそく校庭へ出た。
ファインダーを覗く。
スマホみたいに画面は映らないから、左目を閉じて、片目で景色を覗き込む。
「おぉ……」
四角い枠の中に切り取られた校庭が、なんだかいつもと違って見えた。
「銀ちゃん、ちゃんと見えた?」
スミちゃん先輩に言われ、オレはコクコクて頷いてから、人差し指でそっとボタンを押した。
——カシャッ。
乾いたシャッター音が耳に響く。
「おぉっ!」
スマホとは全然違う。
“撮った!”っていう音が、手のひらまで伝わってきた。
なんだこれ。
めちゃくちゃ気持ちいい。
そのあとも、オレは先輩たちの笑顔を撮ったり、部活をしている同級生を撮ったり、校庭を歩いていた用務員のおっちゃんを撮った。
ついでに、嬉しそうに花壇へ水をやっていた担任のゴリ先まで撮ってみた。
そして——
二階の校舎の窓辺に、小坂先輩の姿を見つけた。
何かを眺めている先輩の横顔を見て、オレは無意識に魅入ってしまう。
「……一枚だけ」
スミちゃん先輩たちがいないのを確認し、誰にもバレないように、こっそりファインダーを覗く。
——カシャッ。
シャッターを切ると同時に、先輩がオレの方を向く。
「ヤバっ」
見つかった。
そう思って、慌てて手を振って誤魔化してみるも、先輩はすぐに奥に引っ込んでしまった。
「……」
無視された?
「ま、まぁ……そうだよね」
なんかわかんないけど、胸の奥がモヤモヤした。
勝手に写真を撮ったのを怒られるかも。って思ったけど、反応もしてもらえなかった。
それが、ちょっとだけ……寂しかった。
そんなわけで、オレの写真部員としての初日はこうやって過ぎていった。
初めてファインダーを覗いて、シャッターを押した瞬間。
何がいい写真なのかなんて、まだ全然わからない。
でも。
【撮る】って、こんなに楽しいんだ。
小坂先輩が見ている景色を、オレも見てみたいって思った。
オレはこの日、ほんの少しだけ写真が好きになった。




