6:街でのこと
先日、マリー師匠から形質模倣という魔術を教わって以来、俺の発生魔術は格段に使いやすくなった。
何がいいって、とにかく楽なのだ。
これまでの俺は、何かを作るたびに、その物質が何で出来ているのか、どんな構造をしているのかを一から考えなければならなかった。知識のあるものなら作れるが、知らないものはどうしようもない。おまけに、頭も魔力もやたらと使う。
ところが形質模倣なら、その手間をかなり省ける。
元になる物体へ魔力を通し、形や硬さ、重さといった形質を読み取る。それを型として発生魔術に渡せば、細かい構造を知らなくても、それらしいものが出来上がる。
水なら水らしいもの。鉄なら鉄らしいもの。硝子なら硝子らしいもの。
もちろん、本物とまったく同じというわけではない。読み取れる情報にも限界があるらしいが、簡単な道具を作る程度なら十分だ。
それに、もう一つ大きな違いがあった。
形質模倣で作ったものは、魔力の制御を切ればちゃんと消えるのだ。
「……やっぱり消えるな」
俺は机の上に並べた鉄片を眺めながら呟いた。
一つ目は形質模倣で作ったもの。こちらは制御を切ってしばらくすると、輪郭がぼやけ、そのまま魔力へ還元された。
二つ目は、いつもの方法で一から作った鉄片だ。
こっちは消えない。何事もなかったかのように机の上に転がっている。
「じゃあ、これはどうだ?」
今度は三つ目を作ってみる。
作り方はいつも通り。自分の知識をもとに鉄を構築し、形を整える。ただし、完成したあとで一つ試してみたいことがあった。
これは魔術で作った偽物だ。だから、制御を切れば消える。
そう強く意識してみる。
だが、一分、二分と待ってみても、鉄片には何の変化もなかった。
「……駄目か」
普通に残っている。
「何が駄目なんです?」
突然背後から声がして、思わず振り返った。
いつの間にか、マリー師匠が部屋に入ってきていた。
「三個目、消えると思ったんだけど」
「どうしてです?」
マリー師匠はそう言って首を傾げる。
「前に師匠が、作る時の考え方が違うんじゃないかって言ってただろ? だから作ったあとで、これは偽物だって思えば消えるかなって」
「なるほど」
師匠は机へ近づき、鉄片を確認すると、いつもの記録帳を取り出した。
さすが、仕事熱心である。
「それで、消えなかったんですね」
「うん」
「となると、完成したあとの認識だけで決まるわけではなさそうですね」
「じゃあ、作ってる途中?」
「その可能性はあります。ただ、まだ何とも言えません」
最近は暇を見つけては、こうして自分の魔術を調べている。
自分で一から作ったものは残る。形質模倣に任せたものは消える。
その違いがどうにも気になるのだ。
魔力量を変えても、生成にかける時間を変えても、結果は同じだった。形質模倣に余分な魔力を注ぎ込んでみたこともあるが、やはり制御を切れば消えてしまう。
単純に魔力の量が違う、という話ではないらしい。
「レイさん」
「ん?」
「実験するのは構いませんが、決めた回数は守ってくださいね」
「昨日だって三回しかやってないよ」
「それは昼間の分でしょう。寝る前にも二回試しましたよね?」
「……なんで知ってるの?」
「使用人の方から聞きました」
密告者がいる。
恐ろしい屋敷である。
壁に耳あり障子に目あり、ってやつだろうか。こんどから気をつけるようにしよう。
「それに、今日は町へ出る予定でしょう?」
「あ」
そういえば、すっかり忘れていた。
今日はマリー師匠と一緒に、授業で使う器具を買いに行く日だった。俺の魔術を調べるには、屋敷にある道具だけでは足りなくなってきたらしい。
理由は何でもいい。
俺としては、久しぶりに町へ出られることの方が重要だった。
実験道具を片付け、屋敷の外にでて、師匠と一緒に馬車へ乗り込む。
屋敷を出てしばらくすると、窓の外に建物が増え始めた。やがて馬車が町の大通りへ入ると、それまでとは比べ物にならないほど賑やかな光景が広がった。
石造りの建物が道の両側に並び、店先には野菜や果物、衣服に金物と、ありとあらゆるものが並べられている。どこからか焼いた肉の匂いまで漂ってきた。
人も多い。
しかも、よく見れば人間ばかりではなかった。
耳の尖った人や、頭に角の生えた人。俺の倍くらいありそうな大男まで歩いている。
ゲームの画面では見慣れていたつもりだが、実際に目の前を通り過ぎていくと、やはり迫力が違う。
「師匠、あの人――」
「指を差してはいけません」
「角ある」
「ありますね」
「珍しくないの?」
「この辺りでは、そこまで珍しくありませんよ」
「へえ……」
思わず振り返ってしまう。
すると、ぐいっと腕を引かれた。
「前を見てください」
「見てるって」
「今、果物の籠に突っ込みかけましたよ」
「……見てなかった」
「でしょうね」
師匠は呆れたようにため息をついた。
そんな調子で町を歩き回り、目的の魔術用品店へ向かった。
店では魔力量を測る器具や秤、温度を確かめるための道具などを買い込んだ。棚に並んでいた小型の測定器も欲しくなり、師匠に頼んでみる。
最初は必要ないと言われたが、何に使いたいのか説明すると、最後には買ってくれた。
師匠は、なんだかんだで甘いところがある。
必要なものを揃えて店を出る頃には、昼を少し過ぎていた。
どこかで昼食を取ってから帰ろうと通りを歩いていると、前方に人だかりが見えた。
「何だろ?」
「何かあったようですね」
「見に行こう」
「走らないでくださいよ」
「分かってるって」
人の隙間から覗いてみると、道の真ん中に一台の荷馬車が止まっていた。
片側の車輪が妙に傾いている。持ち主らしい男が車輪の脇にしゃがみ込み、困った顔で何やら金具をいじっていた。
「駄目だ。留め具の楔が折れちまってる。これじゃ鍛冶屋まで持っていけねえ」
「予備はないのか?」
「あるわけねえだろ、そんなもん」
男の手には、途中で折れた小さな鉄の楔が握られていた。
車輪が軸から外れないように固定するための部品らしい。形もそれほど複雑ではない。
……あれ?
これ、作れるんじゃないか?
「師匠」
「駄目ですよ」
「まだ何も言ってないんだけど」
「顔を見れば分かります」
最近、これが多い。
もしかして、師匠は読心術でも使えるようになったのだろうか。
「直せると思うんだけど」
「レイさんが直す必要はありません」
「でも、道塞いでるじゃん」
俺が指差すと、師匠も荷馬車の後ろへ目を向けた。
いつの間にか別の馬車まで詰まり始めている。
「……とりあえず、様子を見てみましょうか」
「やった」
「見るだけですよ」
「分かってるって」
師匠はまだ疑わしそうな顔をしていたが、ひとまず持ち主に事情を聞いてくれた。
どうやら折れた楔は、替えの部品がなければどうにもならないらしい。鍛冶屋を呼びに行くにしても、それなりに時間がかかるそうだ。
そこで、反対側の車輪に使われている正常な楔を見せてもらった。
思った通り、単純な形をしている。
鉄なら俺にも作れる。問題は寸法と強度だ。
「師匠、ちょっと試していい?」
「何をするつもりです?」
「まず形質模倣で作って、ちゃんと形が合うか確かめたい」
師匠は少し考えてから頷いた。
「形を確かめるだけなら。ただし、無理はしないでくださいね」
「うんー」
正常な楔に触れ、魔力を流す。
形、大きさ、硬さ、重さ。
読み取った形質を発生魔術へ渡すと、掌の上にそっくりな金具が現れた。
「おおっ!」
持ち主の男が目を丸くした。
俺は出来上がった楔を壊れた側へ差し込んでみる。
「……お、入った」
「形は問題なさそうですね」
マリー師匠も頷いた。
「でも、これ消える」
「ええ。そのまま使うわけにはいきません」
俺は楔を抜き、制御を切った。
手の中の金具がゆっくりと薄れ、やがて完全に消えていく。
持ち主の男が、また驚いた声を上げた。
いちいちうるさい男である、魔術を見たことがないのだろうか。
「じゃあ、今度は自分で作ってみる」
「レイさん」
「分かってる。ちゃんとした部品の代わりにはならないんだろ?」
「ええ。形が同じでも、強度まで同じとは限りませんから」
「鍛冶屋まで動かせればいいんだよね?」
そう尋ねると、持ち主の男が何度も頷いた。
「そりゃあ、そこまで行けりゃ十分だ。あとは鍛冶屋に任せるさ」
師匠は荷馬車と男の顔を交互に見て、しばらく考え込んでいた。
やがて、小さくため息をつく。
「……分かりました。ただし、無理に動かさないこと。少しでも異常があれば、すぐに止めてください」
「うん!」
もう一度、正常な楔を見る。
さっきの形質模倣で、形はだいたい覚えた。
今度は自分の知識で鉄を構築し、その形に整えていく。
模倣と違って、やはり手間がかかる。頭の中で構造を組み立てながら、少しずつ魔力を流し込む。
しばらくして、掌の上に一本の楔が出来上がった。
「……できた」
思わず息を吐く。
小さな部品一つでも、やはり自分で作ると疲れる。
師匠は完成した楔を受け取ると、形や表面を確かめてから持ち主へ渡した。
「応急処置にすぎません。強度も保証できませんから、荷物を軽くして、少しずつ動かしてみてください。異常があれば無理に進まず、鍛冶屋を呼ぶこと。それから、必ず正規の部品に交換してくださいね」
「ああ、もちろんだ!」
男はさっそく楔を取り付け、慎重に車輪を回した。
外れない。
荷物を一部降ろしてから、馬車をほんの少し前へ動かしてみる。
車輪はきちんと回っていた。
「おお、動くぞ!」
男の顔がぱっと明るくなった。
師匠も車輪の様子を確かめ、ひとまず問題がなさそうだと判断したらしい。
鍛冶屋までは近いそうなので、男は荷物を軽くしたまま、ゆっくり馬車を進めることにした。
「助かったよ、お嬢ちゃん。本当にありがとうな!」
「お嬢ちゃん……」
まあ、見た目は完全にお嬢ちゃんだから仕方ない。
男は何度も頭を下げ、礼にと銅貨を差し出してきた。
ところが、師匠がそれを丁寧に断った。
「お気持ちだけで結構ですよ。仕事としてお引き受けしたわけではありませんから」
さっすが師匠、かっくいー!!
いや、直したのは俺なんだけど。
まあいいか。
それからしばらくして、人だかりが散り始め、荷馬車もゆっくりと鍛冶屋の方へ動き出した。
俺はしばらく、その後ろ姿を眺めていた。
さっきの男、随分嬉しそうだったな。
折れた金具の代わりを作っただけだ。俺にとっては、それほど大したことじゃない。
それなのに、あんなに喜んでもらえるとは思わなかった。
何だか、少しくすぐったい。
魔術を覚えてから、色々なものを作ってきた。色々なものを壊したこともある。
窓とか、地面とか、その他諸々。
でも、こうして誰かに礼を言われたのは、初めてかもしれない。
自分の魔術がちゃんと役に立ったのだと思うと、妙に嬉しかった。
「師匠」
「何です?」
「魔術、すごく便利」
「今さらですか?」
「今までは窓とか壊してばっかりだったから」
「それは……そうですね」
師匠は呆れたようにため息をついた。
でも、その顔は少しだけ笑っていた。
俺も何となく嬉しくなって、つられて笑った。
そうして歩き出したところで、ふと思い出す。
「……あ」
「どうしました?」
「腹減った」
「そういえば、まだ昼食を取っていませんでしたね」
「もう限界」
「さっきまで元気だったでしょう」
「魔術使ったから」
「本当に都合のいい時だけ魔力のせいにしますね、あなたは」
それはそう。
でも、腹が減ったのは本当だ。
師匠は少しフッと笑うと、近くの食堂へ向かって歩き始めた。
この世界に来て、初めての外食である。
帰りの馬車の中、俺は窓の外を眺めながら、町で作った二本の楔について考えていた。
一つは形質模倣で作ったもの。制御を切れば、いつも通り消えた。
もう一つは、自分で構築したもの。
こちらは他人の手に渡り、荷馬車に取り付けられても消えなかった。
見た目はほとんど同じなのに、どうしてこんな違いが出るのだろう。
「師匠」
「はい?」
「さっき俺が作った楔、まだ残ってるかな」
「おそらくは。少なくとも、私たちが見ている間は問題ありませんでしたね」
「力かけても、消えなかった」
「そうですね。今までの実験でも、消える条件は分かっていません」
「ふーん……」
だったら、何をすれば消えるんだろう。
いや、そもそも本当に消せるのか?
以前の俺は、自分で作ったものが残るのを当たり前だと思っていた。
だがそれはまちがっていた。
同じ発生魔術なのに、片方は消えて、もう片方は残る。
作る時の考え方が違うからなのか。それとも、俺が気づいていない何かがあるのか。
考えてみても、答えは出ない。
でも、こういうのは嫌いじゃない。
まるで、俺だけのスーパーパワーみたいでワクワクする。
「……面白いね」
「何がです?」
「魔術」
「それも今さらですね」
「ふふ」
こぎみよい師匠との会話が、何だかおかしくて、笑った俺は、ふと、窓の外へ目を向けた。
馬車が町を離れ、見慣れた田園風景が広がり始めている。
今までは、出来ることが増えるのが楽しかった。
新しい魔術を覚えたり、前より大きなものを作れたり。そういうことが新鮮でたまらなかった。
もちろん、今でもそれは変わらない。
けれど、最近は別の楽しさも分かってきた気がする。
自分の魔術なのに、まだ分からないことが山ほどある。
それを少しずつ確かめていくのが、思った以上に面白いのだ。
「師匠、帰ったらまた実験していい?」
「今日はもう駄目です」
「えー」
「町でも使ったでしょう。続きは明日にしてください」
「ちぇっ」
残念。
まあ、明日があるならいいか。
その日の夜、俺は師匠に頼んで、今日の記録を見せてもらった。
町での出来事も、ちゃんと書き加えられていた。
『自力生成した鉄製品は、術者以外の人間が接触・使用しても残存』
『第三者との接触そのものは、生成物の崩壊条件ではない』
『形質模倣品との差異について、引き続き検証』
相変わらず細かい。
俺なら「他人が使っても消えなかった」で済ませるところだ。
そして、その下にはもう一行。
『何が、生成物の残存と消失を分けているのか?』
思わず、その一文をじっと眺めてしまった。
どうやら師匠も、同じことが気になっているらしい。
疑問は増えるばかりである。
明日は何を試してみよう。
そう考え始めると、また色々と思いついてしまう。
……うん。
やっぱり魔術は面白いな。




