16:遭遇
いやはやなんとも、望まぬ労働とはこれほどまでに度し難い。
酒場での労働四日目の昼。賑わった店内で、響く男達の喧騒の中、俺はウェイター業に勤しんでいた。
イライラとしながら俺は、樽ジョッキのビールを抱えて、早歩きでテーブルまで運んでゆく。
俺は疲れていた、
身体的にも、
精神的にも、
「注文のブドウ酒です」
ドンと、テーブルにジョッキを置くと、談笑していた男はこちらを一瞥し「おっ、サンキュー」と言って、仲間の方に向き直る。
チップはくれなかったが、礼はしてくれるし、この兄ちゃんはあたりの客だ。
問題なのは……
「やあ、おじょ〜ちゃん。もう一杯頼めるカナ?」
超低確率で客に混ざる、激キショロリコンオヤジである。
或いは冒険者だけあってか、オヤジというほどの年齢でもないのかもしれないが、語尾が「カナ?」はもう、オヤジ超えてオッサンと言っても差し支えないだろう。
ほらみてみろ、お仲間の面々も若干引いてるぞ……
「おい、お前まさか、そんな趣味が……」
「流石にこんな小さい子に鼻の下を伸ばすなんて…… ありえないと思います」
「いやいや、待て待て!! これは違う!! 俺が彼女に感じていたのは性的というより、むしろ小動物的なっ!! なあ、メリーならわかってくれるよな!?」
「……すいません。しばらく話しかけないでもらえますか。」
「なっ……」
そんなロリコンを尻目に、俺はカウンターへと歩いてゆく。
いくら見た目が“コレ”とはいえ、生身は立派な成人男性。
自らが少女として扱われる感覚は、胸に泥が蓄積してゆくような…… 平たく言えば、屈辱的な気分だった。
別に、だからと言って無関係な事情も知らぬ赤の他人にキレる気は無いのだが、このまま耐え続けていると、いつか自分が酒に手を伸ばしてしまいそうで、心配になる。
「姿を変える魔術とか無いのかな?」
と、そんなことを呟きながら、いつも通りカウンターに座って頬杖を立てていると、店に新たな客が入店してきた。
おそらく冒険者のパーティー、人数は三人だ。
一人は長身の男。茶髪で黒い目をしていて、見た目は二十代かそこらといったところだろうか。
その横に立っているのは、黒髪の少女、年齢は十代前半。見た目が少し日本人っぽい感じだし『倭国』からやって来た冒険者だろうか。
そして最後に、一番先頭に立っているのは、十歳かそこらの少年。
特徴的な金色の目に、雪のような、少し癖のある白髪。
腰には銘の入った鞘に刺された短剣を下げ、銀色の装飾の施された高級そうなローブを着ている。
「まさか……」
その姿は、俺の脳内に焼きついた“その人物”の姿に酷似していた。
その名は『アルク・エル・アウロス』
この世界の“主人公”の名である。
ならば、茶髪の男は『カール・バーチ』
黒髪の少女は『クロス・シズカ』
まさか、こんな形でメインストーリーに登場する主要キャラクターたちと邂逅することになるとは……
アルク一行は四年後のメインストーリー開始直前まで、暗黒大陸の各地をふらふらしていたという情報もあったし、もしやとは思ったのだが……
まさか本当に出会えるなんて思っていなかった。
まるで有名人にあったような感覚だ。
サインでももらっておこうか?
アルクはゲームの人気投票の順位はメインヒロインに次いで、永遠の二番手をキープしていたし、シズカ——もといシズも、人気投票では毎回二十位以内に食い込んでいたヒロインの一人だ。
カールに関しては本編での活躍が薄いからか人気投票では、毎回三十位圏内をウロウロしていたが、サブストーリーでの活躍はカッコよかったし、ミームキャラとして一時期流行ったこともあったりする。
あいつがアルクの勝ちを宣言する度に、敵が起き上がってくるもんだから、作中一の戦犯だ、とか『お約束の魔法使い』だ、なんていう不条理な汚名を着せられていたりする、少々不憫な愛されキャラだ。
三人とも一癖も二癖もあるが、総じて全員いいやつであることには変わりない。
なんて冗談まじりな回想をしていると、早速カールだと思しき男から話しかけられた。
「ええと、君はここの店員さんかな? 三人なんだけど、カウンター席を三席お願いできるかい」
丁寧な口調。
うん、解釈一致だ。
「ええそうですよ。バイトですけどね」
「ばいと?」
「ああ…… 気にしないでください。 三人ですね、この席を使ってもらって構いませんよ。ウチは予約制もありませんしね」
「ああ、ありがとう。アルク、シズ、ここに座って」
連れの二人の名を呼んだ。
確かに『アルク』と『シズ』と。
これで確定だな。
こいつらは、正真正銘、本編開始前の主人公パーティーだ。
「ねえ、キミの名前は?」
白髪少年、アルクが俺に訊ねた。
「俺…… 私はレイです」
「ちっちゃいのに働いてるんだね」
「生憎、働かないとのたれ死んでしまうので。それで、注文は?」
「ええっと、僕は水とパン、それから美味しそうな肉料理をお願い。シズとカールは?」
「私はアルクと同じやつ」
「では自分も」
「三人とも水、パン、ラムの赤ワイン漬けね。 シェフ!! ラムの赤ワイン漬け三人前入りましたぁ!!」
「あいよぉ!!」
店の奥の厨房の方から、シェフの威勢の良い返事が響く。
「ってことで、水とパン取りにいてくるからちょっと待ってくださいね」
俺はそう言い、椅子から飛び降りてから、厨房の方へと歩いて向かった。
タルジョッキに汲んできた井戸の水を注ぎながら、俺は考えに耽る。
どうしよう。
正直、主人公一行と遭遇したことで、イルグラーデへと戻る新たな選択肢ができた。
今までは、これから稼いだ分の金で、少しずつ暗黒大陸の街を経由しながら東に進んでゆき、エルテナ行きの船で密航するなどしてローカの港までたどり着く予定だった。
だが、主人公に同伴すれば、そのような手間をかけずに済む。
彼らの目的地は、確かエルテナ帝国の『エルテナ魔法学園』
ゲームのメインストーリが展開されてゆく主人公の本拠地だ。
ターミナルに居て“あの剣”を持っているということは『禊約の魔女』による封印が終わった後だろうし、この後エルテナに向こうことは間違いないだろう。
ゲーム内でのアルクの性格から予想するに、頼み込んで事情を説明すれば同伴を断ることも無いだろうし……
「さて、どうしたもんか」
正直、主人公とは、関わらないに越したことはない。
この世界のゲームのシナリオをなぞって進行すると仮定して動く以上、ゲームシナリオの根幹たる主人公の行動を、本来存在しないはずの“異分子”が捻じ曲げてしまうのは、俺にとって致命的だ。
なにせ、未来がわかるというのは、俺がこの先この世界を行くて行く上で、これ以上にないアドバンテージとなる。
アスター家没落のイベントを回避してしまったことによる、シナリオの歪みが避けられない以上、これ以上の歪みは避けたいところ。
だが、かと言って、ゲーム内と同様のシナリオ進行を優先してしまったばっかりに、俺が死んでしまっては元も子もない。
「うん、決めた」
大事なのは優先順位だ。
数年後のことより、明日の命だ。
ここは一つ、主人公に助力を頼むとしよう。
彼自身も非常に心強いが、それ以上に彼のバックには『史上最強の魔法使い』が控えているのだから、これほどまでの安心材料は他にないだろう。




