15:未開の地
目を覚まして、最初に目に映ったのは深い青空だった。
空には羊雲が漂い、実に心地が良い。
風が心地よく吹き抜け、日差しで温まった体をちょうどよく冷やしてくれている。
草原の草と土の匂いが鼻腔をくすぐり、ピクニックにでも来ているような心地である。
まあ、全身に重くのしかかるような痛みが、その長閑さを掻き消しているのだが…。
「どこだよ、ここ」
俺は痛み軋む体に鞭打って、なんとか上体を起こし、辺りを見渡す
右を見ても、左を見ても緑、緑、緑。
眼前には広大な湖が広がり、ずっと向こうのようにアルプスの山々を思い起こさせるような、雄大な山脈が聳えている。
背後には低い草木が生い茂る丘陵地帯。
地形を見るに、俺はどうやら相当遠くまで来てしまったらしい。
——そう言えばあの山脈、見たことがある気がするな。
いや、待て。ここ、来たことあるぞ?
あれは、コントローラを握り、画面に向かい合っていた記憶。
オープンワールドゲームでありがちな『ワールドボーダー』に阻まれ、なんとかそれを越えようと、ジャンプボタンや攻撃ボタンを連打して、それでも越えられずゲームの限界に歯軋りをした、忘れもしないあの記憶。
「ここは……」
ここは、イルグラーデから遠く離れ、大海を挟んだその向こう。
暗黒大陸、ルーデンベルク共和国の開拓地、タリマン高原。
竜霊山脈を望む、世界地図の端。世界開拓の最前線である。
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俺は、木陰で身を休めながら、一旦の状況整理を行っていた。
転送先はアステク大陸、一般的には暗黒大陸と呼ばれる未開の大陸。
『禊約の魔女』の魔法によって庇護されているタリマン高原内はイルグラーデと変わりないくらいには、気候が穏やかで、魔物も出ず安全だが、一歩そのに踏み出せば飛竜や魔物が蔓延る地獄。
こんなところに転送されてしまったのは、おそらく魔術回路がショートしし、魔法陣の位置指定が狂ったためである。
そして、魔法陣の回路が焼き切れたことによる図形の変形により、転送先が『王都』から『より遠く』へ書き変わってしまい、魔力の限り俺を遠くまで転送したのであろう。
その際、魔法陣は可能な限りありったけの魔力を俺から吸い取り、転送先を決定した。
おかげで魔力はからっきし。体調には問題ないが、回復魔術一回で底が見えてしまうほどだし、数日間は魔術がほとんど使えないだろう。
全くもって、最悪な状況だ。
魔術なし、金もなし、加えて知らない土地で一人きり。
人の手の入った開拓地とはいえ、ここから帰還するのは非常に困難。
笑えない冗談だ。
まあ唯一の救いといえば、最低限の自衛手段はあることくらいか。
腰に短刀が一本、肩から下げたライフルが一丁に、弾は数発。 幸いどれも使用可能な状態だ。
ライフルに関しては、魔術がないから遠距離狙撃には使えないし、催眠もできないが、それでも攻撃力は申し分ない。
だからと言って、この状況がどうにかできる保証はないのだが……
まあ、ないよりはマシだ。いざとなれば切り札もあるしな。
あんまり使いたくはないが…… 使わなければならない状況にならなければモーマンタイだ。
……とりあえず今は、ここから南に進んだところにあるはずの町『ターミナル』を目指すのが先決だろう。
そこまで行けば、ある程度の金と食料くらいは調達できる。
それから数刻歩き、俺はターミナルへと辿り着いた。
さすが世界最端の町、コッテコテのRPG感満載である。
町をぐるりと囲む石壁に、内部には家、馬屋、ギルド、ある程度の商店、酒場に広場、と町として成り立つ最低限度の施設しかない。
いつか見た近代チックな王都とは似ても似つかない様相だ。
まあ、開拓地外へ遠征隊を送り出すための補給拠点は、ここよりもっと南にあるし、そっちの方が遥かに発展している。
その外れにある田舎町なんてこんなもんだろう。
まあ、町に対する愚痴はそれくらいにしておいて、こういうとき、最初に訪れるのは冒険者ギルドと相場決まっているし、とりあえず行ってみるしかない。
冒険者ギルド、とは俺が勝手にそう解釈して訳しているだけで、本当の意味は『依頼派遣組合』。
その実態は、殆ど日雇いアルバイトター向けのハロワである。
ゲーム内では魔物の討伐から、護衛に、臨時パーティーメンバーの募集、山菜の採取、届け物、探し物、果ては浮気調査まで、何でもござれ。
危険度が高かったり、信頼性が求められる依頼にはそれなりの『ランク』を取得する必要があるが、誰でもできるような依頼に関しては、本当に誰でも引き受けることができる。
それがたとえ、異国の11歳の幼女であったとしてもだ。
専門職が不足する過酷な辺境の地では、それなりに重宝されている組織である。
冒険者ギルドの紋章の下げられた建物のドアを開けて、中に入ると、建物の中はそれなりに賑わっていた。
数枚の大きな依頼掲示板に、貼られた依頼の木札を眺めている者。
机に4、5人で座り、和気藹々と作戦会議をする推定パーティーメンバーの面々。
カウンターで受付の人に木札を差し出し、依頼受諾の申請書類を難しい顔で記入している者。
彼ら彼女らを横目に、俺はカウンターへと進み、冒険者ギルドへ加入するための手続きを行う。
……背が届かない。 何でこんなにカウンターが高いんだよ。
「はぁ」
俺は幸先の悪さにため息をつきながら、そこら辺にあった椅子を持ってきて、それに乗って再度、ギルド登録の手続きを試みる。
「すみません、新規でギルドに登録したいんですけど」
「は、はい…… ここにお名前と、年齢、自身の適性を書き込んでください……」
どことなく引き攣った笑顔で、対応してくれたのは白髪美人の受付のお姉さん。
ルーデンベルク特有の流れるような発音。ルーデンベルクには白髪の人が多いって印象あるし、このお姉さんもやはりルーデンベルク人なのだろうか?
いやはや、超がつくほどの美人である。
是非とも今夜にでも一献交わしたい。
まあ、法的にはまだ酒飲めないんだけど。
そこんとこルーデンベルクではどうなっているんだろうか?
いや、幼少期の飲酒は依存につながるっていうし、成長にも響くらしいから、あと数年は自重するか。
そんなくだらないことを考えながら、用紙を記入し終え、受けつけのお姉さんに差し出す。
「ええっと、字が書けるんですね……じゃなくて、ギルド登録ありがとうございます。 説明は受けて行かれますか?」
説明か。別に知ってるし、受けなくてもいいんだが、もしゲーム知識が間違ってたら大変だからな。
一応受けておこう。
「お願いします」
そう頼んで、説明を十分程度してもらったが、やはり、概ねゲーム内のルールと合致していた。
その一、依頼を受ける際は依頼掲示板にかけられている木札を受付に持ってきて、依頼受諾の手続きを済ませること。
その二、戦闘が発生する可能性のある依頼には一定以上の『バトルランク』、専門的かつ信頼性が求められる場面が想定される依頼には一定以上の各『スキルランク』を取得している必要がある。 それらのランクを取得する為には、ギルドの施設で認定試験を受ける必要があり、認定試験の受験にはデルタ銀貨一枚、ランクの発行には銅貨二十枚が必要である。なお、法律やギルドの規則に抵触するような行為が認められた際は、ランクの降格や没収が発生する場合がある。
その三、依頼の報酬は基本的に後払いであるが、申告を行えば達成報酬を先払いで受け取ることも可能。ただし、報酬をギルド側が一時的に肩代わりして支払う、という形となるため、先払いで受け取ることのできる額は、達成報酬の予想額から20%を差し引いた金額となる。また、達成報酬を受け取った上で依頼失敗となった際は、ギルド側は全額の返金を要求し、支払い能力なしと認められた場合はその分の金額は借金となる。利息は月5%。
その四、『バトルランクⅤ』以上を取得していない者は、開拓地外への遠征を一切禁ずる。また、開拓地外で起こった死傷事故や犯罪行為等の行為に対し、当ギルドは一切の責任を負いかねる。
ざっくりまとめると、以上の五つが大まかなルールだ。
他にも色々細かいルールもあるが、大抵は上記四つのルールの穴を補強するためのもので、たいした意味はないので割愛する。
とにかく、だ。
今一番大事なのは、いかに依頼をこなして、身銭を稼ぐか。
その為には、まずは簡単な依頼からだ。
登録を終えた俺は受付から離れ、依頼が書かれた木札の掛けられた依頼板を見上げながら、ちょうどいい依頼を探す。
薬草採取『バトルランクⅠ』以上を推奨。
届け物依頼『ランク不要』
護衛依頼『バトルランクⅤ』以上必須。
討伐依頼『バトルランクⅥ』以上必須。
「あ、これとかいいな」
俺が依頼掲示板から選び取ったのは、飲食店の女性のウェイター募集。
ランク不要、フルタイムで一日働いて報酬はデルタ銀貨一枚。
賄いも出るそうだ。
デルタ貨幣は銅貨、銀貨、金貨とあって、それぞれ日本円換算で百円、一万円、百万円。
なので日本円換算でざっと一万円といったところか。
ランク不要の仕事にしては悪くない金額だ。
食事は賄いで済ませるとして、安宿に泊まれば一日銅貨三十枚。
二日も働けばランク認定試験を受ける分の資金が貯まるし、新天地での足がかりとするにはちょうどいい依頼だ。
女性のウェイター募集なんて、エロゲであれば速攻セクハラ受けそうなものであるが、都合がいいことに、俺は「おんな」の「お」の字も備わっていないような幼女である。
ケツも小さいし、胸はまな板もいいところ。
セクハラなんて受けようがないのだ。
こんな体に興味を持つような奴がいたら、そいつはロリコンだ。
殺しても、誰も文句は言うまい。
ロリコンに人権はないのである。
冗談はさておき、早速依頼を受けて仕事に向かうとしよう。




