17:桃色髪の少女
「はいこれ、最後のブドウ酒漬けね」
そう行ってカールに差し出した木皿の上には、肉汁とハーブの香るラム肉のステーキ。
熟練のシェフの腕により、完璧な調理が施さた、当店自慢の、ちょっとお高めの高級料理である。
半日間ワインに漬けられたラム肉は、口の中に入れた瞬間から肉の繊維がハラリと崩れ、瞬間、ワインとラム肉特有のクセ、それに臭み消しのために、これでもかと振り掛けられたハーブの香りが絶妙にマッチし、口いっぱいに旨みを纏った風味が広がる。
……正直なところ、現代の料理と比べると三流もいいところだが、この世界基準で見ると、イルグラーデの老舗レストランと大差ない味が、この暗黒大陸で担保されているというのは、驚愕に値すべきものだろう。
この大陸の飯は、どれもこれも食えたものではない。
調味料といえば、塩ですら確保するのが難しく、胡椒などの香辛料などはグラムあたり銀と同じ値で取引されていたりする。
土地が限られていたり、土壌の質が悪いためか、農業はままならず、飼料が無いため畜産もできない。
なので、金を持たない貧乏冒険者の食事など、せいぜい雑穀粉を焼いた固いパンが関の山。
そんな中、このような食事が食べれるというのは、やはりこの町の恵まれた立地条件に理由があるのだろう。
「うん、美味しい。さすがターミナルだな、まさか本当に肉料理が出るなんて」
「ここは龍霊山脈から流れ入る清流のおかげで、魔大陸で唯一穀物が育つ土地なんです。そう多く収穫できるわけではありませんが、小規模な畜産や放牧を行えるくらいには豊かなんですよ」
「へえ、詳しいんだね」
なんせ2000時間は魔大陸を駆け回ってたからな、予習はバッチリだ。
「ははは、そうなんですよ……」
慣れない敬語を使い、世間話に勤しむ俺。
ロイスが見たらなんていうか…… いや今はそんなことどうでもいい。
とりあえず、世間話がてら、自然な感じで会話を誘導していこう。
「ところで御三方はどこから?」
「自分はエルテナの方から。この子、アルクはルーデンベルク出身なんだけど、ずっと自分と暮らしていて、一年くらい前に暗黒大陸に渡ってきたばかりでね。この女の子、シズは暗黒大陸行きの船で合流して、それから一緒に行動してるんだよ」
「へぇ、みなさん暗黒大陸外から…… もしかして、竜霊山脈越えの開拓団に参加を?」
「うんん、僕たちこの前竜霊山脈から降りてきたばっかりなんだ」
俺の問いに、アルクが元気よく答えてくれた。
まあ、知っていたことだが、ここは知らなかったていで、驚いているふうに装うことにしよう。
「竜霊山脈から!? 今期の開拓団はまだ出発すらしてないはずですけど…… まさか、ソロパーティーでの攻略を?」
「いやいや、アルクはともかく、このパーティーにそんな実力はないよ。山脈越えには心強い護衛がついてくれてね。ほとんどその人のおかげだよ」
「……へぇ」
力強い護衛ね……
やっぱりいるんだな、あの魔法使い。
史上最強の魔法使い“創世の魔法使い『ゲート』”
この世界でその名は神話や童話の中で語られるのみで、その正体や実在を知るものは少ない。
彼はこの世の万象を司り、彼の魔法にかかれば、昼であろうと夜になる。
とある国では彼は神として崇められ、またとある国では、彼を世界そのものとして解釈する。
正真正銘、人の理を超えた、埒外の『化け物』である。
そんな彼が護衛としてついてくれるのなら、竜霊山脈を越えるどころか、月に行くことだって朝飯前だろうな。
「となると、次はどこへ?」
「この後は、開拓地の町や村を転々としながらウェスポートまで行って、そこからエルテナに戻る予定だよ」
「エルテナへ…… ですか」
……では、本題へと移ろうか。
レイ・フォン・アスター帰還計画の始まりだ!!
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「もしよければ、エルテナまで同行させてくれませんか!!」
桃色髪の少女は、カールに勢いよく言い放った。
年はアルクと、さほど変わらない。
十歳かそこらと言ったところだろう。
こんな少女が、なぜ一人でエルテナへ? と、一瞬考えはしたものの、カールはすぐさま、その考えを放棄した。
横を見ると、年端もいかない子供が二人。
それぞれ、自身には計り知れない秘密と動機を以て、ここまで旅を続けてきた。
この、一見何の変哲もない少女が、何らかの大きな秘密を抱えていても、カールにとっては何の驚きもなかったのだ。
だがしかし、例え自分よりどれだけ強かろうと、子供は子供だ。
カールはそのことを、これまでの旅で深く理解していた。
パーティーに入れるには、互いに、それ相応の覚悟が必要なのだ。
「えっと、お父さんとか、お母さんは?」
「ここにはいません、イルグラーデにいます」
「イルグラーデに…… それまたなぜ?」
「……話すと長くなるので、この話を考えてくれるなら教えます」
桃色の髪の少女は、一瞬目を潜め、少し言い淀んだのちに、はっきりと答えた。
親は大海を挟んだイルグラーデ王国にいる。
口からデマカセかもしれないが、本当であるのなら、放っておくわけにもいくまい。
とりあえず、事情だけ詳しく聞いてみるか……
そう、一旦の結論を出したカールは、腰のポーチに入れていた手帳から、紙を一枚破り取り、簡単な地図と印を書き込む。
「……仕事が終わったら印をつけた宿屋に来てくれ、話を聞こう」
そういうと、その少女は紙を受け取り、少し考え込んだ後「ありがとうございます」と一言言い残して、注文の声の方へと去っていった。
それから、料理を食べ終わったカールは、勘定を済ませてから店を出て、宿へ向かった。
その途中、料理を頼んでから、今までずっと一言も発していなかったシズが、口を開いた。
「カール、アルク。あのピンク髪の子、どう思った?」
「どう思ったって…… このパーティーに同行させるかは要検討だけど、何やら訳ありな雰囲気は感じたね」
「……カールはほんと鈍いわね」
シズは呆れたように、そう言って、ため息を吐いた。
「アルクはどう思った?」
「うーん…… 何だか不思議な感じがしたね。鳥かごみたいな雰囲気だった」
「……ちょっと何言ってるかわからないけど、とにかく私があの子に感じたのは“精霊”の気配よ」
「「精霊?」」
カールとアルクが同時に聞き返す。
「そう、精霊。あの子の周りには精霊が集まってた。それも、ものすごい数」
「ものすごい数って、一体どのくらい?」
「百は、超えてたわね。言い方は悪いけど、まるで樹液に群がる虫みたいだった」
「そんなに…… でも、どうして?」
「考えるに、あの子のの魔力の性質が原因だと思う。あそこまでとなると、もしかするとあの子、魔術使いかも」
「へぇ!! 魔術使いかぁ…… カールは剣士だし、シズは呪術師。師匠は時々会ってくれるだけで魔術はあんまり教えてもらえなかったから、あの子が魔術使いだったら魔術教えてもらえるかな?」
「それはあの子次第じゃない?」
「そっかぁー」
アルクはそう言って、ニコニコしながら「楽しみだね」などと呟いている。
カールはその様子を見て、「ちょっと待った」とツッコミを入れた。
「ええっと、待ってくれ? まだあの子がもし魔術使いだったとして、パーティーに入れるかは決まってないと思うんだけど?」
そんなカールの言葉に、シズはまたもや呆れたような顔をする。
「このパーティーのリーダーはあくまでアルクよ? アルクが入れたい、って言うなら入れるべきじゃない?」
「そ、それは…… そうだ」
「……まあ、カールの心配にも一理あるし、もしもの時のアルクの説得は任せるわ」
「ああ、わかったよ……」
多分、無理だろうなぁ……
そんなことを考えて、ため息をつきながら、カールは宿屋への道を歩くのだった。




