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## 第五話 「ずれ」

## 第五話 「ずれ」


幸せは、静かに続いているように見えた。


それが一番怖い、と陽太は思い始めていた。


---


朝。


教室に入ると、牧原りさがいつも通り手を振る。


「陽太ー!」


もう、その声は日常になっていた。


昨日まで“特別”だったものが、少しずつ“当たり前”になっていく。


りさは机の横に座り込むようにして話し始める。


「ねえ、今日も一緒に帰るよね?」


「うん……まぁ」


陽太が答えると、りさは満足そうに笑った。


その笑顔を見て、陽太は思う。


(これでいいはずだ)


(あの時の選択は、間違ってなかった)


---


でも。


その“安心”の裏側で、違和感は確実に育っていた。


---


昼休み。


椎名さくらが、珍しく一人で陽太のところに来た。


「陽太くん」


「ん?」


さくらは少しだけ迷ったあと、言う。


「最近さ……ちょっと変じゃない?」


「何が?」


「空気」


短い言葉。


でも、それ以上説明しなかった。


---


陽太は笑ってごまかそうとする。


「気のせいだろ」


でも、さくらは首を振る。


「気のせいじゃないと思う」


その目は、子どものそれじゃなかった。


まるで“何かのズレ”を確かめている目だった。


---


放課後。


りさと帰る。


いつも通りの道。


いつも通りの会話。


でも途中で、りさがふと立ち止まった。


「ねえ」


「ん?」


「この道って、前からこんなだったっけ?」


陽太の足が止まる。


一瞬だけ、心臓が強く鳴る。


(……え?)


見慣れたはずの帰り道。


でも確かに、微妙に違う気がした。


電柱の位置。

曲がり角の店。

記憶の中と、わずかにズレている。


---


その瞬間。


風が止まる。


音が消える。


りさが不安そうに周りを見る。


「……なんか、変じゃない?」


陽太の背中に、冷たいものが走る。


---


次の瞬間。


“それ”が見えた。


通りの先。


人の形をしている。


でも顔がない。


いや、正確には——見えない。


ただそこに「いる」という圧だけがある。


---


陽太は息を止める。


(まただ)


(こいつは何なんだ)


りさは見えていない。


ただ、少しだけ怖がっている。


「陽太……?」


その声が、現実に引き戻す。


陽太は一瞬で視線を逸らした。


「……なんでもない」


---


その夜。


家に帰ると、母が言った。


「最近ね、夢を見るの」


「どんな?」


「知らない公園に、誰かが立ってる夢」


陽太の手が止まる。


(……公園)


(まさか)


母は続ける。


「その人、ずっとこっちを見てるの」


「でも顔がよくわからないのよね」


---


陽太は気づく。


この世界は、少しずつ“ずれている”。


過去に戻ったはずなのに。


確かに変わっているのに。


何かが、まだ追いかけてきている。


---


夜。


窓の外。


また影が揺れた。


今度は、一瞬ではなかった。


ほんの数秒。


そこに“立っていた”。


---


## 第五話 終


---


# 次回予告


第六話「境界」


りさとの幸せな日常が、少しずつ歪み始める。


母の夢に現れる“顔のない存在”。


そして椎名さくらが、ついに核心に触れる。


「陽太くん……これ、本当に“やり直し”なの?」


選び直したはずの人生は、静かに境界を越え始めていた。


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