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## 第三話 「揺れる家」

## 第三話 「揺れる家」


陽太が家に帰ったとき、玄関の空気は少しだけ重かった。


35歳の記憶では、ここから先の家はいつも「静かすぎる場所」だった。


でも今日は違う。


廊下の奥から、母の声がした。


「陽太?」


その声は、あの頃と同じだった。


優しい日と、不安定な日の“境界線”にいる声。


陽太は一瞬だけ立ち止まる。


(……来る)


何かが始まる前の気配。


---


リビングに入ると、母・春日美智子が座っていた。


表情は穏やかだった。


だけど、その目の奥だけが、わずかに落ち着いていない。


「今日ね、ちょっと嬉しいことあって」


「久しぶりに、ちゃんと眠れそうな気がするの」


その言葉に、陽太は少しだけ胸を緩める。


(今日は安定してる日か……?)


35歳の記憶の中でも、こういう日は確かにあった。


優しい母。


普通の母。


壊れていない時間。


---


「ねえ陽太」


母がふと、こちらを見る。


「最近、学校どう?」


「友達できてる?」


その質問は、いつもと同じだった。


でも——陽太の中身はもう“35歳”だ。


(違う)


(俺は今、もう一つの人生を選んだ)


喉の奥が少し熱くなる。


「うん、普通」


短く答える。


母は少しだけ笑った。


「そっか。よかった」


その笑顔は、ちゃんと“母”だった。


---


その夜。


陽太は自分の部屋で布団に横になっていた。


天井を見ながら、静かに考える。


(りさと付き合う未来)


(あの時とは違う選択)


確かに、何かが動き始めている。


でも——安心はできない。


---


窓の外。


風が一度だけ強く吹いた。


カーテンが揺れる。


その瞬間だった。


——視線。


誰かに見られている感覚。


陽太は体を起こす。


窓の外を見た。


誰もいない。


公園も、暗いだけ。


でも確かに“そこに何かがいた”気がした。


---


(まただ)


昼間の公園でも感じた、あの違和感。


りさと話しているときに一瞬だけ止まった空気。


ブランコの揺れ。


音のない気配。


---


陽太は小さく息を吐く。


「……なんなんだよ」


---


その翌日。


学校。


りさはいつも通りだった。


「ねえ陽太!今日一緒に帰ろ!」


完全に“付き合ってる前提”の距離感。


陽太は少しだけ戸惑いながらも頷く。


その横で、椎名さくらがじっと二人を見ていた。


「……ほんとに、決めたんだね」


ぽつりと呟く。


その声は、誰にも届かないようで、でも確かに陽太には届いた。


---


放課後。


帰り道。


りさが無邪気に話す。


「ねえ、ずっと一緒にいようね」


陽太は少しだけ笑って頷く。


その瞬間——


道の先で、風が止まった。


音が消える。


鳥の声も、車の音も、一瞬だけ消える。


そして。


誰もいないはずの通りの奥に、


“黒い影”のようなものが一瞬だけ立っていた。


---


陽太の足が止まる。


(……今のは)


次の瞬間にはもういない。


でも確かに見えた。


“選ばなかった未来の形”みたいなものが。


---


りさが首をかしげる。


「どうしたの?」


陽太は無理やり笑う。


「……なんでもない」


---


その夜。


母の声がまた少しだけ変わる。


「陽太、最近ちょっと変わったね」


優しい声。


でもその奥に、わずかな不安定さが混じっていた。


---


陽太は気づく。


選んだはずの未来が、


少しずつ“歪み始めている”。


---


## 第三話 終


---


# 次回予告


第四話「影」


りさとの関係は順調に見えた。


しかし、“見えない何か”が陽太の選択を観察し始める。


公園に現れる影。


母の言葉の変化。


そして椎名さくらが気づいてしまう「ある違和感」。


「ねえ陽太。ほんとに“それ”、あの時の選択でいいの?」


選んだ未来が壊れ始める。


---



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