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## エピローグ 「春の中で生きている」



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## エピローグ 「春の中で生きている」


陽太の朝は、もう静かじゃない。


静かじゃないのに、嫌じゃない。


むしろ、その“うるささ”が心地いい。


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「ねえ陽太、起きてる?」


カーテンの向こうから声がする。


返事をする前に、部屋のドアが開く。


牧原りさ。


もう遠慮とかはない。


普通に入ってくる。


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「朝ごはん、できてるよ」


「なんでお前が作ってんだよ」


「たまにはいいでしょ」


そう言って笑う。


エプロン姿が、やけに自然だった。


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リビングに行くと、母がすでに座っている。


新聞を読みながら、普通に言う。


「最近うるさいわね、この家」


「お母さんも慣れてきたじゃん」


りさが笑う。


母も少しだけ笑う。


それで終わる朝。


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陽太は思う。


(昔は、こんな朝なかったな)


(いや、作らなかっただけか)


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学校や仕事に行く日々は、特別なことばかりじゃない。


むしろ、何も起きない日がほとんどだ。


でも、その“何もない”が怖くない。


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放課後。


りさと帰る。


いつもの道。


いつもの空気。


でも、手だけはいつも少し違う距離で繋がっている。


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「ねえ陽太」


「ん?」


「今日さ、何かいいことあった?」


陽太は少し考える。


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「特別なのはない」


「でも、悪いこともなかった」


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りさは笑う。


「それが一番いいやつじゃん」


---


風が吹く。


ただの風。


でも、それがやけに優しい。


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駅の前で、りさが立ち止まる。


「ねえ」


「ん」


「私さ」


少しだけ間。


「今の生活、好きだよ」


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陽太は少し驚いて、それから笑う。


「俺も」


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それだけで会話は終わる。


それ以上いらない。


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夜。


家に帰ると、母がテレビを見ている。


りさは台所で何かしている。


普通の音が重なる。


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陽太はソファに座る。


何か特別なことがあったわけじゃない。


でも、胸の奥が静かに満たされている。


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昔の自分が見たら、たぶん驚くと思う。


でも今の自分は、ただこう思う。


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(これでいい)


(これがいい)


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りさが振り向く。


「ねえ陽太、デザートいる?」


「いる」


即答。


りさは笑う。


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「即答すぎ」


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そのやりとりに、母が呆れながら言う。


「ほんとにうるさい家になったわね」


でも、嫌そうじゃない。


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夜。


三人で同じテーブルにいる。


特別な会話はない。


でも沈黙もない。


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陽太はふと思う。


“幸せ”って、劇的なものじゃない。


戻ることでもない。


選び直すことでもない。


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ただ、こうやって


「今日も普通に一緒にいること」


それだけでいいんだ、と。


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りさが小さく言う。


「ねえ、明日も一緒ね」


陽太は少し笑って答える。


---


「当たり前だろ」


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窓の外では、春の風が揺れている。


何も起きない夜。


でも、全部が満ちている夜。


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