3-06 家庭菜園のブンブンワンワン攻防戦
「今日は白玉の白くまアイスを食べる日〜!」
朝ご飯を食べ終わって家事諸々を済ませた私は、すずらん荘の庭にある家庭菜園でナスを収穫中。
この庭は入居者用じゃなくて、大家である尚君専用スペース。
居候になったいま、家庭菜園にたわわに実りまくる野菜の収穫は私の仕事のひとつでもある。
ちなみに庭には柿や金柑の木とかがあるから、季節になると収穫出来るけど、まあ今は時期じゃない。
ツヤツヤぷっくりしたナスの頭のちょっと上の位置を、ハサミでパチン! と切って、置いておいた調理用ボウルに入れていくお仕事です。
近くでは白玉が実ったトマトの香りをくんくん嗅いでいる。
「こいつも食べ頃じゃないのか」
「はいはい。いまナスを収穫してるから、トマトは後でね」
「うむ! この前のハンバーグのトマト煮込みは美味かったな!」
だからトマトを狙ってるの……?
「また食べたいぞ!」
やっぱり狙ってるんだね……。
手伝わせたい気もするけれども、そのままゴックンしてお腹の中にしまわれそうなので、このままで良いや。
まあ、呆れるくらいには実ってるから、少し食べられたって平気なんだけども。
「ふー。ナス結構採れたねー」
調理用のボウルに、採ったばかりのナスが山盛りになっている。
それにしても、こんなに採れるなんておかしくない?
ナスの苗は二本しか植えてないんだけど、途絶えることなく花が咲き、毎日みっちりと実が生るよ?
まさか白玉によって、異世界の不思議パワーが発動してたりする?
餓えた神獣の祝福スキルみたいなやつ、あるの??
異世界転生ものならこういう時、品質が向上するスキルが発動しそうだけど、でもナスの見た目はふつうに美味しそうなだけだし、味もふつうに美味しいってだけなんだよねえ。
ふつうレベルだからか、白玉は生のままで食べようとしない。
肉食だからって言うのもあると思うけど、尚君のご飯が美味しいって知っちゃったから、調理して欲しいんだろうな〜。
異世界で白玉と出会ったときも、調理したものばかり食べるようになってたなあ。
なんてことを思い出し笑いをしていると、服を引っ張られている感触がした。
「ほら、次はトマトだろう!」
私の作業用パンツに爪を引っ掛けてグイグイ引っ張る白玉さんであった。
「こら白玉! 穴が空くから、やめなさい!」
「シノがちんたら紫の相手ばかりしてるからだ!」
ナスの名前を呼ぶ気はないらしい。
野菜嫌いな子どもかな?
「白玉。ハンバーグのトマト煮込みに色々入ってたでしょ?」
「なんだ突然? たしかに色んな野菜が入っていたな!」
「あの中にも、このナスが入ってたんだよね~」
「なん……だと!?」
白玉の尻尾がピーン! と立っている。
「ならば仕方ない! そのまま紫の収穫を進めるんだ!」
「ナスはもう収穫終わったってば。次はキュウリを収穫しようかなあ〜」
「わお〜〜ん!! トマト煮込み〜〜!!」
そんな、鳴くほど?
とは言っても、トマトを収穫しようにも、ナスが山盛りのボウルにはもう乗らない。
無理に乗せたら、トマトがコロコロ転がりそうだし。
まあそれはキュウリもなんだけど。
ボウルの中身を空にすべく、私は縁側に向かう。
白玉がいつも昼寝してる定位置からは、庭の様子がよく見える。
……緑のカーテンのゴーヤがなければ、だけど。
「ゴーヤもそれなりに実ってるねえ」
「お昼はゴーヤチャンプルにしますか?」
緑のカーテンがない部分から縁側のガラス窓を開けると、尚君が台所から顔を覗かせて言った。
独り言のつもりだったんだけど、どうやら聞こえてたらしい。
「それじゃあ、このナスを使うのは夕飯かな?」
「わあ、ナスもいっぱいですね……! ここのところ毎日、畑の野菜を食べてる気がしますね」
ボウルを見せると、尚君がびっくりした声をあげる。
「やっぱりそうだよね……。毎年こんなんだったっけ?」
「ううーん、今年は良く出来すぎてますね?」
「だよねえ」
手渡したボウルからナスを取り出してじっくりと眺める尚君は、別に農家ではない。
「私は白玉効果だと思うんだけど、尚君はどう思う?」
「聖女様効果じゃないんですか?」
「せいじょ……? あっ! いや! そんなまさかあ!」
一瞬、聖女ってなにそれ厨二病? と思ってしまった……。
「もしかして、異世界に行っていたことを忘れてました?」
「え? えへへへへー」
笑って誤魔化して見るけど、図星である!!
こっちに戻ってきておよそ二ヶ月しかしてないのに、異世界に行っていたことは覚えていても、聖女してたことはすっかりと忘れてた。
異世界は大変だったけど充実はしていて、良い経験と思い出が出来たと思う。
だから別に、嫌な思い出とかじゃないんだけど、こっちの生活……厳密には尚君との生活が幸せ過ぎて。
こっちに来てからは、ただただ白玉の存在が摩訶不思議なだけで、のんびりした時間を過ごしているだけのはずなのに、気付いたらあっという間に時間が過ぎ去っていく。
「もしくはダブル効果かもしれませんね」
「それがね? 白玉はこっちでも魔法が使えるみたいなんだけど、私はダメみたい」
だから私のパワーではないと思うなあ。
「試したんですか?」
「……えっ、まあ、うん」
「ど、どんな感じですか?」
「ど、どんな感じだろうねー?」
尚君が目を輝かせて私を見つめている。
あれ? 厨二病かな?
目を逸らした私は台所に置いていた空のボウルを手に取ると、颯爽と庭に飛び出して逃げた!
「あっ、詩乃ちゃん!」
浄化魔法でカレーのシミが綺麗になるかと思って、みんなが寝静まった真夜中に試してみたけど、何の効果も得られませんでした!
恥ずかしい~~~!!!
「……何やってるの?」
畑に戻ると、ブンブン飛び回るハチと真っ白くてふわふわな毛玉が格闘していた。
「こいつ! 俺のトマトを狙う気だぞ!」
「白玉のじゃないんだけどなー」
かくいう私のものでもないんだけども。
「こら! あっちいけ!! これは俺のだ!」
「用があるのは実じゃなくて花だと思うんだけど……」
トマトの縄張りでは、獣と昆虫が熾烈な争いを繰り広げており、危険があぶない。
なので私は呆れながらも、少し離れた場所にあるキュウリを収穫することにした。
尚君が上手いこと誘引したキュウリは、丁寧に立てられた支柱にくるくるっとツルを巻き付けている。
パチンとハサミでキュウリを収穫する合間に、ブンブンワンワンと主張の激しい音がする。
魔法を使える白玉だけど、こういう時に魔物に対して放つ感覚で使おうとはしないので、安心してそっとしておける。
その辺はきちんとわきまえているらしい。……たぶん胃袋を掴まされたが故に。
なので、見た目もやっていることも、完全に犬だったりする。
「ふっ……俺の勝ちだな!」
ブンブンワンワン攻防戦は、ワンワンの勝利に終わったみたい。
でもそのうち、もふもふ装甲をハチに刺されるんじゃないかと、私は少し心配です。
こっちじゃ私は治療魔法が使えないから、怪我しないで欲しいな~……。
そうだ、魔法と言えば……。
勝ち誇った様子の白玉に向かって、私は問いかけた。
「ねえ。白玉ってこの畑に何かした?」
「何かとはなんだ?」
「奇跡とか祝福とか、そういう魔法的な何か?」
会話しながらもトマトの収穫を始めると、白玉が一緒にくっついてくる。
「そんなことはしてないぞ!」
「だよね?」
トマトの気に入り具合を見ていると、何かしら手を加えていてもおかしくはない。
けれども、そんな素振りは見えなかったから、やっぱりねと思いながらも頷く。
「何かした方が良かったのか?」
白玉がコテンと可愛らしく首を傾げているけど、やろうとしていることはヤバそうだった。
「わー!? しなくていい! 何もしなくていいから!!」
現時点で結構豊作なのにこれ以上家庭菜園の野菜が育ったら「俺何かやっちゃいました?」じゃ済まなくなるから!
「俺は何もしていないが、この場所には何らかの力が働いていそうだな」
「何らかの力?」
畑の土を足でタシタシ踏みつける白玉から発せられたのは、ふんわりとした情報だった。
「私たちがこっちに戻ってきた時の、魔力の残滓的なものとか?」
「そう言う匂いもあるんだが、よくわからない匂いも混じってるな」
「よくわからない匂い? なにそれ?」
「知らん! そう言うのはあれだ、あのエルフの方が詳しいだろ」
白玉が言うエルフというのは、異世界での私たちの旅の仲間のひとりのこと。
優秀な魔法使いではあるのだけど、性格がだいぶ変わっているというかなんというか……ゴニョゴニョ。
「そうは言っても、世界が違うから気軽に聞けるものじゃないよ」
「シノをこっちに送ったのはあいつだろう? 自力で来れるんじゃないのか?」
「来れたとしても、呼び方知らないんだけどね」
仮に呼べたとしても、「ちょっと不思議だよね」くらいの体感なので、わざわざこっちに来てもらうほどの緊急性もない。
……まあ、緊急でもなんでもないのに、一緒に着いてきてしまったフェンリルはいるんだけれども。
「そのうちシノの飯が食いたくて、勝手にこっちに来るんじゃないのか?」
「いやそんなまさか、白玉じゃあるまいし」
あははー、と笑った私はボウルに山盛りになったトマトに、最後のひとつを乗せた。
そんな海外旅行のノリで異世界からホイホイ来るわけないでしょ!
なんて思っていたけど、それがまさか、あんなことになるだなんて……!




