三人目の転生者
翌日ジャスミンは、久々に爽快な気分で目覚めた。昨日自分で作ったつまみ類は、実に美味しかった。さぞ酒が進むかと思いきや、つまみでお腹が膨れたジャスミンは、それほど飲めなかったのだ。さらには、胃を満たしたおかげか、酔いもさほど回らなかった。これまで泥酔していたのは、空腹で飲んでいたからかとジャスミンは納得した。
‘こうして朝から活動もできるし、やっぱりおつまみ、最高!’
パスカルの元へは、アンヌという侍女を伴って行くことにした。以前、占ってもらった経験があるのだという。
「恋の相談をしたのですけれど、とても親身になってくださいましたの。厳かで威厳もおありですし、頼もしいですわ」
アンヌは、そんな風に語った。
「それで、占いは当たったの?」
そう尋ねると、アンヌは首をかしげた。
「まだ何とも申せませんわ。様子を見ないことには、わかりかねます」
とは言っても、人気があるということは、きっと当たるのだろう。果たしてパスカルの館に到着すると、長蛇の列ができていた。市場に比較的近い、古い屋敷だ。
「領主夫人がお越しだと伝えましょうか?きっと優先していただけますわ」
アンヌはそう提案してくれたが、ジャスミンは断った。
「ちゃんと並ぶわ。特別扱いはして欲しくないの」
そして、待つこと一時間半。ようやくジャスミンの順番がやって来た。まずはアンヌが部屋に入り、名乗る。すると部屋の中からは、焦ったような声が聞こえてきた。
「何と、辺境伯夫人がお越しだと?どうして言ってくれないんですか。最初にお通ししましたのに」
「いいんですよ、パスカル先生」
言いながらジャスミンは、部屋の中をひょいと覗き込んだ。パスカルは、豪華な机でふんぞり返るがごとく座っている。その顔は……、果たしてあの工藤だった。
「これは失礼しました、ご夫人。って、ええっ」
パスカルは、ジャスミンの顔を見て口をパクパクさせている。どうやら前世でのジャスミンの顔を覚えていたらしい。
「アンヌ、外で待っていてちょうだいね」
アンヌを出て行かせて二人きりになると、パスカルは呆れたようにかぶりを振った。
「八階の女子大生じゃないですか。あなたも、転生していたとは」
パスカルは立ち上がると、行ったり来たり歩き始めた。
「なるほど、見えてきましたよ。大学病院の医師だった私がどうして占い師などにと訝っていたが、これで納得です。そこら辺の女子大生が、領主夫人に転生するんですからね。要は、前世とは反対の立場に変わるということでしょう」
思い切り馬鹿にされた気がして、ジャスミンは思わず口を尖らせた。
「先生、性格は引き継がれるみたいですね」
「ああ、そうかもしれませんね。少なくとも人望は相変わらずのようです。前世では多くの患者が、先生、先生と慕ってくれたものですが。今もご覧の通り。あの長蛇の列をご覧なさい」
パスカルが得意げに、廊下の方を指す。ジャスミンの嫌みは通じなかったようだ。
‘まあ、病院て待たされるものね。そこだけは一緒かしら’
「さて、あなたのお悩みは何です?」
いささか居丈高な物言いで、パスカルが尋ねる。そうだった、とジャスミンは思い出した。
「先生。セルフォシアとダールヴィランドの関係が改善し、貿易を行える未来は来るのでしょうか」
「なるほど。見てしんぜましょう」
おもむろに頷くと、パスカルは球形の図を広げた。よくわからない言葉や記号がたくさん記載されている。パスカルはそれを眺めて頷くと、何やら専門用語をまくし立て始めた。そして、こう締めくくる。
「両国のたゆまぬ努力により、二国間の関係は、今よりは改善するでしょう。貿易は、各国の努力次第ですね」
専門用語の羅列に、曖昧な結論。医者の説明を聞いているみたいだなあ、とジャスミンは思った。
「はあ、ありがとうございました。ところで先生、私以外の前世の方々には会われました?」
「理事長さんには会いましたよ。もう一人の、あの不必要に丁寧な女性とはまだですね」
「片山さんですね。彼女の居場所、教えていただけます?」
ジャスミンは、身を乗り出した。ギョームに続き、パスカルともやはり馬が合わない。片山も同様かもしれないが、転生した最後の一人として、一応会っておきたかったのだ。
「では、占いにて導き出しましょう」
パスカルが、またもや図表を広げる。ややあって、彼は大きく頷いた。
「わかりましたよ。あの女性は現在バルバラというお名前で、ジレット邸にお勤めです」
「ありがとうございます」
礼を述べながらも、ジャスミンは内心思った。
‘これって、ギョームさんから聞いてた情報なんじゃ?占う必要、あったのかしら……’
「二つ占いましたので、料金は倍いただきますよ。あっ、それから、市場の開始時間を遅くしてもらえませんかね。この屋敷は市場に近いので、朝から騒々しくて」
「はあ!?先生個人のご都合で、市場の時間なんて変えられませんよ」
突如飛び出したクレームにジャスミンは目をつり上げたが、パスカルは当然といった様子だ。
「領主の責任ですよ、これは!」
クレーマー気質も、健在か。ジャスミンは、札を叩きつけた。
「はい、料金です。それから、そのご要望には応じられませんから!」
まったく、とジャスミンは内心ぼやいた。前世の知り合いと仲良くやっていくのは、今のところ無理そうである。




