料理学校誕生
発端は、モロアだった。アミュレがセルフォシアを救ったことで舞い上がった彼は、ジャスミンたちが領地へ帰った後も王都に残り、シャルル三世に香辛料の素晴らしさを力説したのだ。その結果国王は、‘香辛料について教える学校をオリオール領にて設立せよ’との命令をロランに下したのである。
‘香辛料の学校ですって?適任者は、ジャスミン夫人以外にいらっしゃいませんわ!’
それを聞いたバルバラは騒ぎ立て、他の者も異論は唱えなかった。こうしてジャスミンは、ロランの協力も得て、料理学校を設立したのだった。教える内容は、香辛料に関する座学と、料理の実習の二つである。座学は言い出しっぺのモロアが担当し、実習の方はジャスミンが担当することとなった。
今日ジャスミンが教えるのは、材料がそろったばかりのせんべいである。学校の門をくぐると、一人の少女が駆け寄って来た。
「ジャスミン先生!今日から、よろしくお願いしますね!」
ジレット家の娘、マチルドである。ジャスミンが作る料理を食べてすっかり香辛料ファンになった彼女は、十三歳という最年少にして、この学校へ入学したのだ。
「ご夫人。娘をよろしくお願いしますよ」
後から、父親のジレットもやって来た。苦笑を浮かべている。
「ご夫人のおかげで、娘は本当に香辛料好きになりましたよ。将来は、私の仕事を継ぎたいとか。社交界へのデビューを計画していましたが、希望通りにさせてあげるつもりです」
「親御さんのお仕事を継ぎたいだなんて、立派な心がけじゃありませんか。これまで学んできた礼儀作法も、きっと商売の役に立ちますよ」
正直、バルバラの教えるオーバーな振る舞いは、社交界で浮くのではと心配していたのだけれど。商人としてやっていくなら、ノリが明るいに越したことは無いだろう。結果的によかったな、とジャスミンは思った。
「そうですね。バルバラさんの授業は、これを機に終了としましたが。彼女、次の仕事はすぐに決まりそうですね。何せ、国王陛下に拝謁してご領主夫妻を救った教育係ですから。引く手あまたのようです」
陛下には二度も叱られていたけれどなあ、とジャスミンは思った。とはいえ、救ってもらったのは事実だ。それに何はともあれ、教育係として人気なのは嬉しい限りである。
「それなら、安心ですわね。じゃあマチルド嬢、行きましょうか」
ジレットと挨拶を交わすと、ジャスミンはマチルドを連れて校舎に入った。
調理器具と設備を備えた実習用の教室には、すでに大勢の生徒が詰めかけていた。多くは、各家庭の料理人だ。だが、入学資格には特に条件を設けなかったため、趣味で習いたいという上流階級の者もチラホラ混じっている。筆頭は、ミルラン夫人だ。
「皆さん、お待たせしました。では本日は、お米料理を作りましょう。材料はお米と‘ショウユスープ’だけですが、少し手間がかかりますよ」
「何という名前なんです?」
ウードが挙手して質問する。ジャスミンは、にっこりした。
「‘センベイ’よ」
ほう、という声があちこちで上がる。ノートに書き付ける者もいた。ジャスミンは、ボウルを掲げた。
「では皆さん、中に米粉とお水を入れて。それを、しっかりと混ぜていきましょう。水気が無くなるまでね」
あらかじめ準備済みの米粉を、生徒らが真剣な面持ちで調理していく。ジャスミンは見回りつつ、こまめに指示を出した。
「しっかりとこねられたわね?では、生地を五等分して。それをこれからゆでるのだけれど、その前に平らにしましょう。こんな風にね」
ジャスミンが見本を見せると、一同は興味津々といった様子で見つめた。
「‘オニギリ’とは違って、平らにするのですね!?」
「いったい、どんな料理になるのでしょう!?」
皆わいわい騒ぎながら、ジャスミンの指示に従って調理していく。数時間後には、大量の乾燥した生地が完成した。
「カチカチに硬いですわね。何だか、面白いわ」
ミルラン夫人が、楽しげに生地の一つをつまむ。そうよ、とジャスミンは頷いた。
「この硬さが、この料理の醍醐味ですの!さあ皆さん、これに‘ショウユスープ’を塗りましょう!」
あらかじめ仕込んでおいた醤油もどきの器を掲げると、はーい、という元気良い返事が返ってきた。生地に塗り、オーブンで焼き始めると、やがて香ばしい香りが漂ってくる。ジャスミンは、思わず深呼吸していた。
‘これよ、これ。ついに、目指していたものが完成したわ……!’




