晴れて釈放
こうしてジャスミンとロランは、ようやく帰路についた。モロアはしばし王都に残ると言い、連れて来られたジレット夫人らは、各自で馬車を手配すると言う。そこでロランは、今回駆けつけてくれたギョームたちを、オリオール家の馬車に乗せることにした。馬車内で向き合うと、ロランは彼らにそれぞれ礼を述べた。
「まずは、ヴィクトル殿。そなたの絵が、重要なきっかけとなってくれた。ついては、謝礼として何かさせてもらいたい」
ロランはヴィクトルに、丁重に礼を述べた。いやいや、とヴィクトルがかぶりを振る。
「単なる偶然ですから。でも、もし何か謝礼をというのなら、夫人のお料理を試食させてもらっても?」
「私が食べた後であればな。夫の私より先に試食するのは、許さん」
ロランが、きっぱりと答える。そばで聞いていた一同は、微笑ましげな笑みを浮かべた。
「だが、その代わり」
ロランは、ふと真面目な表情になった。
「以前はお断りした妻の肖像画だが、やはりそなたに描いていただきたい。今回ヴィクトル殿は、オリオール領の領主と夫人を救ったのだ。その彼がオリオール夫人の絵を描いたとしても、もはや不満など出ないだろう」
一同は、納得したように頷いている。ヴィクトルは微笑んだ。
「……喜んで。誠心誠意、描かせていただきます」
ジャスミンは、バルバラの方を見やった。
「バルバラさんも、ありがとう。わざわざ王都まで来て、陛下に直訴してくださって」
二度も注意された彼女が気の毒になり、フォローしたくなったのだ。するとギョームが、意外なことを言い出した。
「それだけじゃないぞ。バルバラさんは、功労者だ。あの絵をわしに見せてくれたのは、彼女なんだからな」
「あれっ、そうだったんですか?」
ジャスミンは驚いた。ええ、とバルバラが大きく頷く。
「うちのご夫人が持ち帰られた絵を拝見しましたの。もう、本当に素晴らしかったですわ!聞けば、描かれたのはヴィクトルさんだそうではないですか。前世でご縁のあったヴィクトルさんが、このような才能ある絵師として活躍されているだなんて。わたくし、もう嬉しくて嬉しくて。是非見ていただきたくて、ギョームさんの所へ飛んで行ったのですの!」
それであの絵が、ギョームの手に渡ったのか。バルバラのぶれないハイテンションぶりが、こんな所で役立つとは。人生とはわからないものだな、とジャスミンは思った。
「それで見たら、見かけない者が描かれていたんでね。塔守としては、こりゃあ正体を探らねばと思ったわけだ」
胸を張るギョームに、ロランは微笑みかけた。
「ギョーム殿。そなたがあれこれと調べてくれたおかげだな。この度は、本当に助かった」
‘門番’が本領発揮したわけだ、とジャスミンは思った。確かに今回は、役立ってくれた。何せ、スパイらしき者をあぶり出してくれたのだから。
「どうです、私の占いは当たったでしょう」
そこへ、パスカルが口を挟んできた。
「‘侵入者あり’、まさしくその通りでしたな!」
「ええ、本当に」
ジャスミンは、パスカルをチラッと見た。
「でも先生。あの時先生は、強盗事件が起きるという意味では、と仰ってなかったでしたっけ」
おかげで、見当違いの心配をしてしまった。だがパスカルは、けろりとしている。
「占星術師の役割は、予言を伝えるだけ。読み取るのは、個々人の才覚です。あなたが意味を読み取れなさそうだから、例として仮説を立てただけですよ」
「屁理屈じゃないですかっ」
口を尖らせれば、微笑ましげな笑いが沸き起こる。ジャスミンは、そんな彼らの顔を見回した。
「ギョームさん、パスカルさん、バルバラさん、ヴィクトルさん。今回は、本当にありがとうございました。私たち夫婦のために、頑張ってくださって。果ては王都まで来てくださって」
「とんでもありませんわあ。当然のことですわよ!」
バルバラは、ひときわ甲高い声を上げた。ギョームも頷く。
「わしが大切に守っている、オリオール領のためだからな!」
「私の占いがいかに素晴らしいか、国王陛下にお目にかける絶好の機会ですからねえ」
パスカルは、澄ました顔で顎を撫でている。素直ではないのが可笑しくて、ジャスミンはクスッと笑った。ヴィクトルが、身を乗り出す。
「とりあえず、皆に共通しているのはさ。前世で知り合いだった者同士、助け合いたいってことだよ。きっと、その思いは全員同じなはず」
その言葉に、バルバラは大きく頷いた。ギョームもパスカルも、黙っているが否定はしない。しばし感慨に浸った一同だったが、そこで不意に、ギョームがハッとした顔をした。
「ご、ご領主様!今の話ですが……」
‘前世’とヴィクトルが口走ってしまったことだろう。バルバラも青くなった。
「そういえばわたくしも、先ほど不用意な発言を……」
「ご領主様?」
ロランの顔を伺うように、パスカルが尋ねる。ロランは、ふっと笑った。
「気にするな。すでに知っている。ジャスミンから聞いたのでな」
ほう、と四人はため息をついた。ロランが、しみじみと語る。
「それにしても、そなたらの前世にあった‘まんしょん’とやらは優れた仕組みなのだな。これほどの団結力を持たせるとは。そなたら、前世ではさぞや心を通わせ合っていたのだろう」
「その通りでございます、領主様!わしは、そのトップを務めていました。皆が団結できたのは、わしのおかげです」
ギョームは胸を張っているが、ジャスミンは微妙な気持ちになった。
‘うーん。とても、お互い仲良かったとは言えないけれど……’
何にしても、今は団結しているのは事実だ。ならばいいかな、とジャスミンは思ったのだった。




