住人たちの団結
ジャスミンたちが地下牢へ入れられて、数日が経過した。その日もジャスミンは、悄然としていた。
‘私のせいで、ロラン様やミルラン夫人たちまで大変なことになってしまったわ……’
アミュレを仕入れたことが、こんな大問題に発展するとは。命を懸けてセルフォシアのために戦ったロランのことを思うと、ジャスミンは胸がつぶれそうだった。仲間の夫人たちにしても、確かに国王の魔物対処法について愚痴はこぼしたけれども、引っ捕らえられるほどのことはしていない。
‘何とか、無実を証明する方法は……’
あれこれと悩んでいたその時、不意に牢の鍵が開いた。看守が、顔をのぞかせる。
「オリオール夫人。陛下がお呼びです。すぐに参上するように」
わかりましたと返事をして、ジャスミンは立ち上がった。ついに、沙汰が下ったのだろうか。
‘私はともかく、ロラン様や他の夫人たちには助かって欲しいわ……’
看守に連れられ、謁見の間へと向かう。そこでジャスミンは、おやと思った。部屋の中から、けたたましい女性の声が響いてきたのだ。
「本当に、領地思いのご夫人でいらっしゃいますの!旦那様、そして領民を思う心は、まさにセルフォシア一でございますわっ」
まさかな、とジャスミンは思った。ものすごく聞き覚えのある口調だが、よもやここへ来ているはずが無い……。
看守は咳払いをすると、ノックをした。
「陛下。オリオール夫人をお連れしました」
「通せ」
その返事と同時に、扉が開く。その途端ジャスミンは、あっと息を呑んだ。そこには、国王とブノワだけでなく、実に見覚えのある面々がそろっていたのだ。……あの日居酒屋へ行ったメンバーに加え、ギョームにパスカル、バルバラ、それにヴィクトルまでが整列している。モロアの姿も見えた。
‘みんな、どうして勢揃いしているの……?’
さっぱり状況がのみこめない。わかったのは、先ほどの声はやはりバルバラのものだった、ということだけだ。その場に硬直していると、ロランがそっと手招きした。彼はやや憔悴してはいたが、表情は穏やかだ。軽い笑みさえ浮かべている。困惑しながらも、ジャスミンは彼の隣に控えた。
「バルバラとやら、静かにせよ」
シャルル三世はバルバラに一喝すると、なぜかヴィクトルの方へ向き直った。
「重要な証拠品を持って来たというのは、そなたか?」
「はい、陛下。恐れながら、ご覧くださいませ」
そう言ってヴィクトルは、一枚の絵を広げた。ジャスミンは、ハッとした。それは、あの居酒屋で彼が描いた絵だったのだ。あの時彼は、参加した五人に一枚ずつプレゼントしてくれたのだった。
「私はオリオール領のお隣・サロー領で絵師をしております、ヴィクトルと申します。たまたまオリオール領を訪れた時、居酒屋へ入り、その風景を描いたことがございました。この度、まさにその居酒屋での会話が重要問題になっていると知り、お持ちした次第です」
ジャスミンは、改めて絵を眺めた。何てことない、単なる居酒屋の風景だ。店員たちが、忙しそうに酒や料理を運んでいる。
「陛下!わし……私は、オリオール領の塔守、ギョームと申しますが」
そこへ、ギョームが口を挟んだ。
「私は、オリオール領の領民で、知らない者はおりません。ですがこの絵を見て、一人、見かけない女が混じっていることに気づいたのです。この女店員です」
そう言うとギョームは、絵の一カ所を指さした。ジャスミンは、あっと思った。そこに描かれていたのは、ナナだったのだ。
「居酒屋に聞いたところ、ごく最近雇った、新人だとか。そこで私は、この女の素性を徹底的に調べました!謎の多い女で、開戦の一ヶ月ほど前に、どこからともなく現れてオリオール領へ住み着いたという以外には何も情報を得られませんでした。ただ一つ」
ギョームはそこで、満足そうに胸を張った。
「私が日夜監視したところによると、この女は頻繁に伝書鳩を飛ばしています。その方角は、ダールヴィランド方面でした!」
居並ぶ家臣たちが、どよめく。すると今度は、パスカルが進み出た。
「シャルル三世陛下、お目通りをお許しいただき、光栄に存じます。私はオリオール領一の占星術師で、パスカルと申すのですが。開戦前に、不吉な予兆を得ましてな。‘侵入者あり’というものです。私が読み解くに、これはスパイの暗示ではないでしょうか」
そういえば、そんな予言をしていた。つまり、とジャスミンは思った。
‘ナナさんは、ダールヴィランドのスパイ……!?’
「ナナとやら。申し開きはあるか?」
シャルル三世が、部屋の一角を見やる。そこでジャスミンは初めて、ナナの存在に気づいた。顔を青くしている。
「ダールヴィランドなどと連絡を取ってはおりません!伝書鳩も、覚えが無いことでございます」
「目撃した領民は、大勢いるんだぞ!」
ギョームが切り返すと、ナナはぐっと詰まった。
「そなたは、何のために伝書鳩を飛ばしていたのだ?」
国王の眼差しが険しくなる。
「それは……」
「もうよい。詳しいことは、後ほど尋問するとしよう」
国王は、扇をパチンと閉じた。するとそこへ、ジレット夫人がおそるおそるといった様子で進み出た。
「陛下。私からも一言よろしいでしょうか」
「よろしい。申してみよ」
シャルル三世はあっさり頷いた。
「私たちの居酒屋での会話が、大問題になったとか。でもジャスミン夫人は、関係ないことでございます。発言したのは私一人で、それも、国王陛下を批判する意図はございませんでした。旦那様が魔物討伐に頻繁に駆り出され、お寂しそうなジャスミン夫人が気の毒になり、励ます意味で討伐方法を変えるべきでは、と口走ったのです。軽率でございました」
ジレット夫人は、深々と礼をした。
「そして。問題となっている香辛料・アミュレでございますが。あれは確かに、私の夫がソイザウルクアより仕入れ、ジャスミン夫人にお売りしたものです。ですが、夫がソイザウルクアから買い付けたのは、もう十年も前のこと。今回の戦争とは、何の関係もございません。何なら、買い付け時の証拠もございます」
「十年前といえば、セルフォシア・ソイザウルクア間の貿易も盛んだった頃だな。買い付ける機会も多かろう」
シャルル三世が、納得したように頷く。すると、モロアが懐から本を取り出した。
「私は、モロアと申します。実は、ジャスミン夫人に香辛料の本を色々とご紹介したのは、私なのです。陛下、是非こちらの本をご覧ください。アミュレの項目がございますが、お守り効果がある、としか書かれていません。夫人はこれを読んでアミュレを購入しただけで、魔物を仕留める効果があるなど知らなかったはずです」
「……なるほど」
国王は頷くと、思案顔になった。しばしの後、彼は玉座から立ち上がった。
「現時点で、オリオール夫妻がソイザウルクアと通じていた確たる証拠は無い。今の証言からしても、夫人がアミュレを購入したのは、開戦とは無関係に感じられる。……そして、肝心の居酒屋店員の証言だが。もし彼女がダールヴィランドと繋がっているとすれば、信憑性に欠ける」
よって、とシャルル三世は続けた。
「オリオール夫妻は、無罪放免とする。夫人の仲間ともども、領地に帰って結構」
「兄上!」
ブノワはまなじりを吊り上げたが、国王に考えを変える様子は無かった。
「今重要なのは、ナナとやらの素性を調べることだ。開戦を前に、ダールヴィランド国民が我が国に侵入していたとすれば、見過ごすことはできない」
ブノワが押し黙る。一方部屋の隅では、甲高い声が上がった。
「まあっ、国王陛下!寛大なお言葉、まことにまことにありがとう存じます。もう、どのようにして喜びを表現すればよろしいのか……」
「バルバラとやら、静かにせよ」
再び国王に叱りつけられ、バルバラはしゅんとうなだれてしまったのだった。




