濡れ衣の危機
「事実無根でございます!」
ロランは、ひときわ大きな声を張り上げた。
「妻は、好奇心旺盛なだけです。確かに料理用が主ではありますが、それ以外でも本で面白い香辛料を見つければ、買ってみることもあります。懐疑の目でご覧になるのは、お止めいただきたい。もちろん、ソイザウルクアと通じるなどあり得ません!」
「それはどうだろうか」
ブノワは、皮肉っぽく微笑んだ。
「さらに調べたところによると、ご夫人は仲間の女性らと、領内の居酒屋で密談を交わされていたとか。何でも、恐ろしい計画を立てていたようですよ」
バレていたのか、とジャスミンは青くなった。開戦を知らなかった頃とはいえ、居酒屋で遊んでいたなんて、不興を買うに決まっている。しかしなぜ、王弟がそのことまで知っているのか。いや、それよりも……。
「居酒屋へ通うなんて、軽率だったことは認めますわ。けれど、密談なんてことはしていません。ただお喋りに興じていただけですわ!」
ジャスミンは必死に叫んだが、ブノワの表情は変わらなかった。
「そうだろうか。証人も、ちゃんといるというのに?……陛下、こちらに連れて来ても?証言するそうですが」
シャルル三世は、黙って話のやり取りに耳を傾けていたが、重々しく頷いた。
「聞いてみるとしよう」
ジャスミンは、眉をひそめた。一体、証人とは誰なのだ。一緒に出かけた夫人たちだろうか。いや、彼女らは裏切ったりしないだろう。自分たちだって、露見したらまずいというのに。
「入りなさい」
ブノワの声に従って、部屋の扉が開く。入って来た人物を見て、ジャスミンは目を見張った。それは、若い女性だったのだ。目がぱっちりして、可愛らしい。どこかで見た顔だった。
‘……あ’
ジャスミンは、思い当たった。あの居酒屋で、注文を取りに来た店員ではないか。確か、ナナ、とかいった。
‘彼女が、なぜここに……?’
「お目通りをお許しいただき、ありがとう存じます、国王陛下」
ナナは、落ち着き払った様子で挨拶した。
「私は、オリオール領内の居酒屋に勤務するナナと申します。先日、こちらのオリオール夫人とご友人たちが来店されました。その際に気になる会話を耳にしたもので、ご報告したく参った次第です」
ナナの態度は、若い女性とは思えないほど堂々としていた。国王を前にしているというのに、緊張している気配は微塵も無い。
「気になる会話とは、何だ。申してみよ」
シャルル三世が告げる。はい、とナナは答えた。
「恐れながら、国王陛下を批判し、軽んじ、果ては謀反を起こす話でございます」
「嘘よ!そんなことは言っていないわ!」
ジャスミンは思わずナナに向かって怒鳴ったが、シャルル三世はこちらをじろりと見た。
「オリオール夫人。今余は、このナナと申す娘の話を聞いておる。割り込むでない」
そう言われてジャスミンは、ぐっと詰まった。一方ナナは、涼しい顔で話し続けている。
「オリオール夫人らは、こう話していたのです。国王陛下の、現在の魔物対処法は間違っていると。自分たちなら魔物討伐法を知っている、これさえ知っていれば陛下に代わって国を統治できる、と。陛下をひどく馬鹿にしたような口調でしたわ」
やはりあの時の会話を聞かれていたのか、とジャスミンは唇を噛んだ。だが、そこまで国王を批判したわけではないのに。後半に至っては、全くの嘘だ。何せ当時は、アミュレの効果なんて知らなかったのだから。
‘ナナさんの目的は何?’
会話を誤解したとしても、わざわざ王都へやって来て、国王に直接言いつけるだなんて。まるで意図がわからない。
「陛下。やはりオリオール夫妻は、ダールヴィランド・ソイザウルクア軍が攻め入ってくることを知っていたのではありませぬか。それに備えて、魔物に効く香辛料を仕入れておいた。それで手柄を立ててのし上がり、将来的には国を制圧する計画ではないでしょうか」
ブノワが、口を挟む。とんでもない展開に、ジャスミンは真っ青になった。
「ブノワ殿下。私たち夫妻は、ソイザウルクアと通じてなどおりません。香辛料に関しては、先ほども申した通り、妻が趣味で買い付けたものが、偶然役に立っただけ。まして国を乗っ取るなど、考えてもおりません。濡れ衣でございます」
ロランが、静かに弁明する。だがシャルル三世の表情は硬かった。
「オリオール夫妻、諸君。夫妻のこれまでの謙虚な態度を見る限り、謀反の気持ちがあるとは信じがたい。しかし、こうして証人がいるのも事実」
国王は、ロランとジャスミンを見比べた。
「事実関係が明らかになるまで、夫妻を王宮の地下牢へ入れよ。また、居酒屋へ同行した夫人の仲間も、王都へ連れて来るように」
ジャスミンは、血の気が引くのを感じた。




