意外な告白
「ヴィクトルさん!?」
ジャスミンは、思わず声に出してしまった。夫人たちの視線が、いっせいにジャスミンに向けられる。
「ご存じですの?」
「ええ、あの方は絵師ですの。ロラン様のお誕生日に、肖像画を描いてくださったんです。私の父のお抱えでもありますのよ」
そうでしたのね、と夫人たちは頷き合った。
「でも、サロー様のお抱えなのに、どうしてオリオール領へいらしてるのかしら」
「こちらの風景が気に入られたようですの。ほら、以前お茶会で話題になりましたでしょう?あの絵師が、彼ですのよ」
ジャスミンが説明すると、彼女らは思い出したようだった。
「そういえば……。オリオール領を気に入られたなんて、嬉しいことですわね」
一人は、そう言って身を乗り出した。最初にヴィクトルを見つけた夫人だ。
「ねえ、ジャスミン様。しばらくこちらにご滞在なら、我が家に呼んで絵を描いていただきたいのだけれど、構わないかしら?サロー様のお抱えなら、さぞ腕の良い絵師なのでしょう?」
どうだろう、とジャスミンは思った。ロランは、サロー領の絵師がオリオール夫人たるジャスミンの絵を描くことに、反対の様子だった。後から嫉妬だった、と弁明はしていたけれど。オリオール領民のためにこれ以上絵を描いたら、また機嫌を損ねるかもしれない。
「ロラン様に相談しないことには、何とも申せませんわ……。彼は、サロー領とオリオール領の関係に、とても神経を使っていますから」
「まあ、そうですの?……残念ですけれど、仕方ありませんわね」
言い出した夫人が、しゅんとうつむく。気の毒になり、ジャスミンは何とかしてあげたくなった。
「でも一応、ヴィクトルさん本人に話をしておきますわね。せっかくなので、ご挨拶もしたいですし」
そう言ってジャスミンは、席を立った。ヴィクトルのそばへ歩み寄り、そっと声をかけると、彼は驚いた顔で振り返った。
「ジャ……」
「しいっ」
ジャスミンは、唇に指を当てた。小声で囁く。
「今日は、お忍びなのよ。皆様、私を励ましてくださるつもりみたい。私も、新しいメニューの参考に、色々食べているわ」
「そりゃ、楽しみ。また試食させてもらいたいな。ロラン様に怒られなければ、だけれど」
ヴィクトルが、クスクス笑う。ジャスミンは、ぺこりと頭を下げた。
「あの時は、ごめんなさいね。それに肖像画も、ロラン様の分だけになってしまって。……あなたの腕前が問題ではないのよ。何と言うか……」
「わかってるよ。辺境伯様は、焼きもちをやいてらっしゃったんだろう?」
思いがけず言い当てられ、ジャスミンは目をパチクリさせた。
「気がついていたの?」
「なかなかわかりやすいお方だよ、オリオール辺境伯様は」
もう一度クスリと笑った後、ヴィクトルは意外なことを言い出した。
「それに、僕も同類だからね。正直、君に下心があった」
「なっ……」
思わず、真っ赤になってしまう。ヴィクトルは、淡々と続けた。
「前世では、特に興味は無かったんだけれどね。感じのいいお嬢さん、てくらいで。でも転生した君を見て、魅力的だなあと思った。材料もそろわない中で、必死に前世の料理を再現しようとしている、前向きで努力家なところがね。前にも言ったけど、僕自身は記憶を取り戻して以来、ネガティブになりがちだったから」
「でも、私……」
「わかってるよ。君には、ロラン様がいる」
ヴィクトルは、ジャスミンの言葉をさえぎった。
「単に夫だから、というだけじゃなくて、彼の君に対する愛は、僕なんかよりずっと深いよ。それに、君もそうなんだろう?ロラン様が旅立たれて以来、君は茶会を開かなくなったと聞いた。きっと、堪えてるんだろうなって」
「ヴィクトルさん……」
「きっと、大丈夫だよ」
ヴィクトルは微笑んだ。
「ロラン様が、大切な妻を放っていつまでも不在にするものか。きっとすぐに、魔物を成敗して帰ってこられるよ」
胸が熱くなる。ジャスミンは、微笑み返した。
「ありがとう。そう言ってもらえて、心が軽くなったわ」
そこでジャスミンは、本来の目的を思い出した。
「そうそう、実は友人の一人が、あなたに絵を描いて欲しがっているの。でも、ロラン様の許可を得てからの方がいいんじゃないかと思って。帰られたらご相談しようと思っているんだけど、オリオール領へは、また来られるのかしら?」
「確かに、彼の許可を得てからの方がいいだろうね。今度こそ斬り殺されたら困る」
ヴィクトルは、冗談めかして笑った。
「オリオール領は気に入っているから、また来たいとは思っているけれど。とはいえ、サロー家での仕事もあるからね。お友達を待たせてしまうかもしれないな……。ああそうだ、いいことを思いついたよ」
ヴィクトルは、ポンと手を打った。
「今ここで、居酒屋の風景を描いてそのお友達に差し上げる、というのはどうだろう」
「いいんですの?リラックスして飲んでいたのでは?」
ジャスミンは恐縮したが、ヴィクトルは早くも画材を鞄から取り出している。
「これくらい、すぐ描けるよ。よかったら、他のお友達の分も。本格的な絵は、ロラン様の許可を得てからにしよう」
「感謝するわ、ヴィクトルさん」
ジャスミンは微笑んだのだった。




