侮れない居酒屋料理
やがて到着した店には、店頭にほうきが掲げられていた。正当な酒場である目印だと、聞いたことがある。中に入ると、そこには前世の居酒屋とさほど変わりない光景が広がっていた。客たちは皆、ビールジョッキを片手に、陽気に騒いでいる。料理を楽しむ者もいた。店員たちは彼らに愛想を振りまきながら、せっせと酒や料理を運んでいる。
‘仕事終わりにお酒とおつまみでリラックスするのは、万国……万世界共通ね!’
前世の思い出が蘇り、何だか楽しくなってくる。ミルラン夫人は、ジャスミンらを隅の席へと連れて行った。目立たないようにという配慮だろう。
「いらっしゃいませ!五名様ですね。ご注文は?」
そこへ、明るい声がかかった。見れば、若い女店員が笑顔を浮かべている。目のぱっちりした、可愛らしい顔立ちだ。ジャスミンは、とりあえずビールを五人分、と答えた。
「ありがとうございます!」
元気良く返事をして、女店員が踵を返す。すると、隣席で飲んでいた男性が彼女に声をかけた。
「お、初めて見る顔だね。新人さん?」
「はい、ナナっていいまーす」
「可愛いねえ。頑張ってね」
男性客は、相好を崩している。これまた前世と同じような光景だなあ、とジャスミンは思った。
やがて、ビールが運ばれてくる。ミルラン夫人は、皆の顔を見回した。
「では、皆様。お伝えしていたように、今夜はジャスミン様……いえ、彼女を元気づける会ですわ……いえ、会よ。乾杯いたしましょう……いえ、するわ!」
クスクス、と夫人たちは微笑んだ。
「ミルラン夫人、ご自分で仰っていたのに」
「平民を装うって、難しいですわね」
小声でそう囁き合った後、一同はジョッキを掲げた。
「では、乾杯!」
カチンとジョッキを合わせた後、五人はビールをぐいと飲んだ。心地良い苦みと冷たさが、喉に染みていく。炭酸の刺激もたまらなかった。
「ジャスミン様、幸せそうなお顔!」
そんなジャスミンを見て、ジレット夫人はふふっと笑った。
「少しは気が紛れまして?」
「ええ、とっても。誘っていただいて、ありがとうございましたわ」
ジャスミンが微笑むと、四人はほっとしたように顔を見合わせ合った。
「よほど、お寂しかったんですのね。ジャスミン様は、本当に旦那様を愛してらっしゃるのね」
ミルラン夫人が、からかうように言う。だが別の夫人は、深刻そうな表情になった。
「そりゃあ辺境伯様ときたら、年中ご不在ですもの。お寂しくて当然ですわよ」
「魔物討伐も、頻度が多すぎますわよね。何とかなりませんのかしら」
もう一人の夫人が、眉間にしわを寄せる。ジレット夫人は、かぶりを振った。
「根本的なやり方を変えなければ、ダメですわよ。何しろ国王陛下ときたら、魔物が現れるたびに領主を招集することの繰り返し」
酒が回ってきたのか、彼女の声はいささか大きかった。
「まるで、対症療法ですわ。このままではダールヴィランドになめられて……」
「お客様。料理のご注文はいかがですか?」
そこへ飛び込んできた声に、五人はドキリとして顔を上げた。見れば、ナナと名乗っていた先ほどの店員が立っている。会話を聞かれなかっただろうか、とジャスミンはひやりとした。
「ええと、では、チキンの炒め物と、ピザ、アボカドとマグロの和え物、肉巻きご飯を。皆様、他に追加は?」
四人に声をかけながら、ジャスミンはナナの表情をうかがった。彼女は相変わらず愛想の良い笑みを浮かべていて、特に変化は見られない。心配しすぎだったか、とジャスミンは胸をなで下ろした。
「いえ、お任せで」
「信頼していますから」
四人が顔を見合わせ、にこりとする。ジャスミンは、改めてメニューを眺めた。来た甲斐があった。これらは、大いに参考になりそうだ。チキンの炒め物は、例の醤油もどきに漬け込んだら、焼き鳥風になりそうである。ピザは、具材を変えればお好み焼きに変身しそうだ。アボカドとマグロの和え物は、醤油もどきを追加するなどして、ユッケにしてみようか。
‘何よりもっ。侮れない店ね。おにぎりをメニューにするだなんて’
ジャスミンは、‘肉巻きご飯’の項目をにらんだ。そこには、肉で巻いた三角状の米の塊が描かれている。輸入した米で、早速考案したか。ジャスミンとて、負けていられない。もっと酒に合う米料理を作らねば、とジャスミンは拳を握りしめた。
以上でとナナに告げて、メニューを閉じる。そこでジャスミンは、夫人の一人が何やらそわそわしているのに気がついた。彼女の視線は、店内の反対側に注がれていた。
「ねえねえ、皆様。あそこに座っている男性、素敵だと思いません?一人で飲んでらっしゃるのかしら」
夫人の言葉に、ジャスミンは振り返ってそちらを見た。そこで、あっと声を上げそうになる。カウンターで一人、ビールを飲んでいる男性がいる。それは、ヴィクトルだったのだ。




