居酒屋お忍び計画
「まあっ、ジャスミン様、お久しゅうございます。最近、ちっとも試食会を開かれないのですもの。わたくし、もう寂しくて寂しくて!」
案の定、顔を合わせるなりバルバラはまくし立てた。
「ごめんなさい。夫のことが心配で、開く余裕が無かったのよ」
「まああっ。ジャスミン様って、素晴らしく旦那様思いでいらっしゃるのね!」
バルバラは、キンキン声を張り上げた。
「でも、心配なされなくてもよいのでは?魔物討伐にはもう何度も行かれていますが、辺境伯様はいつもご無事ではありませんか」
今回は様子が違うんだけれどなあ、とジャスミンは思った。とはいえ、ここだけの話と言われている以上、勝手に話すわけにはいかない。どう返そうか迷っていると、バルバラはこんなことを言い出した。
「いえね、うちの奥様が、多分そういうことではないかと仰ってましたの。辺境伯様がご不在で、ジャスミン様はお寂しくて落ち込んでらっしゃるのだろうと。そこで!我が奥様は、素晴らしい計画を立てられましたのよ。ズバリ、お忍び居酒屋潜入ですわ!」
バルバラは、人差し指をびしりと立てた。
「お茶会で、ジャスミン様自ら提案なさったのですってね。奥様はそれを思い出して、ジャスミン様を元気づけるためにも実行しようと考えられましたの。他のご夫人方にもお声をかけられたところ、皆様続々と賛同なさって。もう、行くお店も決まりましたのよ。変装グッズのご用意も、バッチリだとか」
正直、居酒屋ではしゃぐ気分には、全くなれないのだけれど。そこまで段取りが付いているなら断りにくいなあ、とジャスミンは思った。しかも、言い出しっぺは自分だ。
「居酒屋なら、お酒に合うお料理がたくさんございますでしょう?今後の参考になさればよろしいじゃありませんか」
バルバラが勢い込む。ならば行くか、とジャスミンは決意した。確かに、これをきっかけに、新しい料理を作れるかもしれない。それをロランが帰って来た時に提供すれば、きっと喜んでくれるだろう。そういえば、せっかく醤油に近い品ができたというのに、焼きおにぎりにもせんべいにも挑戦ができていない。
‘毎日鬱々していても、前進しませんものね。ロラン様のためにも、頑張りましょう’
行く、と告げれば、バルバラは嬉しげに頷いた。
「ジャスミン様ならそう言ってくださると思っていましたわ!では、また連絡いたしますわね。計画を仕切ってくださったのは、ミルラン夫人ですの。彼女のおかげで、段取りはバッチリですわ」
バルバラはまくし立てると、小躍りせんばかりの様子で帰って行った。
※※※
翌日の夜ジャスミンは、アンヌに用意させた平民女性風の服をまとって、市場の入り口にいた。ここでミルラン夫人たちと待ち合わせているのだ。これから向かうのは、すぐ近くの店だという。市場付近ならば、出店していた商人たちが、仕事終わりによく立ち寄る。その中には女性も多く含まれているので、彼女らに紛れて入店しようという魂胆だ。
「こんばんは、ジャスミン様。お待たせしたかしら?」
そこへ、ミルラン夫人が現れた。同じく、平民風の簡素なドレス姿だ。頭巾を目深にかぶっている。
「今夜は、楽しんでらしてね。とはいっても、正体がバレないように」
確かに、とジャスミンは身が引き締まる思いだった。辺境伯夫人が、夫の不在中に居酒屋で遊んでいた、などと知れたら、ロランの評判にまで疵が付く。ジャスミンも、頭巾で顔を隠した。
「口調や振る舞いにも、注意しなければいけませんわね。上流階級だと、すぐにわかってしまいますわ」
「気をつけますわね。なるべく小声にした方がよろしいかも」
そんなことを言い合っていると、ジレット夫人はじめ、他の夫人たちも集まってきた。ジャスミンを含め、全部で五名だ。
「初回ですし、少人数にとどめましたのよ。では、参りましょうか」
ミルラン夫人はそう言うと、辻馬車を拾った。こうして一行は、居酒屋へと出発したのだった。




