不吉な予言
ロランが旅立ってからというもの、ジャスミンは鬱々とした日々を送っていた。脳裏からは、彼の深刻な表情と台詞が離れなかった。
‘最悪、戦争に発展するかもしれない’
‘こうして話ができるのも今夜限りかもしれない’
何度も魔物討伐に出かけては、無事に帰って来た彼のことだ。お守りも渡したし、大丈夫だと思いたい。それでも、不安がつきまとって仕方ないのだ。つまみ作りも全くやる気が起きなかった。
‘美味しいお酒とおつまみって、一緒に楽しむ相手がいてこそよね……’
短い間だったが、ロランと共に過ごす夜食の時間がどれほど貴重だったか、身にしみてわかる。彼と打ち解けるまでは、一人酒も全く平気だったというのに。
何十回目かのため息をついていると、ノックの音がした。何やら深刻な表情で顔をのぞかせたのは、ゴーチェだった。
「どうしたの!?まさか、ロラン様から何か……」
焦ったジャスミンだったが、ゴーチェはかぶりを振った。
「いえ、旦那様からは特段のご連絡はありません。占星術師のパスカル先生がお見えなのです。何やら、伝えたいことがあるとか」
わざわざ屋敷までやって来るなんて、何事だろう。ジャスミンは、すぐに行く、と告げた。
応接間で向かい合うと、パスカルは真剣な表情で切り出した。
「おお、ご夫人。実は、強い予兆を感じたのですよ。それで、すぐに報告したくてですね」
「どんな予兆ですの?」
何やら、嫌な予感がする。パスカルの返答は予想通りだった。
「‘侵入者あり’と。不吉な影も見えました」
「……どういう意味かしら?」
真っ先に頭に浮かんだのは、戦争だった。だがここオリオール領は、ダールヴィランドとの国境から相当離れている。仮に紛争が勃発したとしても、ここまでダールヴィランド兵が侵入するとは考えにくかった。
「私も、考えたのですがね。領内で強盗事件が起きる、という意味ではないでしょうか」
「なるほど」
平和なオリオール領ではあるが、油断はできない。夫不在の今、気を引き締めねば、とジャスミンは決意した。
「治安には目を配っておきますわね。わざわざ知らせていただき、ありがとうございます」
「よろしく頼みますよ。こんなこと、普通はしませんからね。前世でだって、往診などしたことが無いんですから」
パスカルは、胸を反らした。気をつけますわ、とジャスミンは繰り返した。
「それと。ここに来たのは、もう一つ用件がありまして。最近、風が強いでしょう?風向きで、教会の鐘の音がよく響いてくるんですよね。あれがうるさいので、止めるよう言ってもらえます?」
久々の、クレームか。相変わらずだ、とジャスミンは目をつり上げた。
「鐘は、礼拝には必須ですよっ。止めるわけにはいきません」
しかも市場の時と違い、パスカル邸と教会は、かなり離れているというのに。どれだけ神経質なのだ、とジャスミンは苛立った。
「じゃあ、教会の場所を変えてください」
「無茶言わないでください!領民にとって神聖な場所ですよ?簡単に移動できるわけないでしょう」
「無能なご領主夫人だ。こちらは、領内の危険を予知してあげているというのに」
それを持ち出されると弱いが、どうにかできる問題ではない。ジャスミンは、ため息をついた。
「わざわざ来てくださったので、見料は弾みますよ。ただ鐘問題は、すぐには解決できかねます。しばらく時間をください」
ゴーチェに命じて見料を支払わせると、パスカルはようやく席を立った。
「期待はしていませんが、よろしく頼みますよ」
皮肉っぽく告げて、パスカルが帰って行く。それにしても気になる予言だな、とジャスミンは思った。ギョームにも連絡して、領内に目を光らせてもらおうか。
そこへ、ゴーチェが戻って来た。
「奥様、たびたびすみません。今度は、バルバラさんがお見えです」
「急に何かしら?」
最近は、試食会もすっかり止めてしまったのだけれど。不思議に思いながらも、ジャスミンは彼女を通すよう告げた。




