秘密を打ち明けます
その夜ジャスミンは、そわそわしながら廊下を行ったり来たりしていた。やがて、意を決する。ロランの部屋の前に立つと、ジャスミンはおもむろにノックをした。
ロランは、すぐに扉を開けた。予想に反して、穏やかな表情を浮かべている。
「支度はお済みですの?」
ジャスミンは尋ねた。ああ、とロランが頷く。
「ゴーチェが手配してくれたのでな。明日の未明には、王都へ向けて旅立つ。……入りなさい。何か話があるのだろう?」
「ええ」
ジャスミンは、素直に入室した。勧められた椅子に腰掛けると、ジャスミンは思い切って、懐から布袋を取り出した。
「お節介かもしれませんが、こちらを用意しましたの。よかったら、お持ちくださいませ」
何だ、と言いたげにロランが首をかしげる。ジャスミンは説明した。
「中身は、香辛料ですの。アミュレというのですけれど……。こちらは、身に付けているとお守りの効果があるそうですの。魔物退治の際に、お役に立てればと」
モロアから小耳に挟んだジャスミンは、早速彼から借りた本で調べ、取り寄せたのだ。こんな日を予感していたのかもしれなかった。
「私のために、用意してくれたのか。ありがとう。使わせてもらうよ」
ロランはにこりと微笑むと、布袋を受け取った。ジャスミンをじっと見つめる。
「今日は突発的な事態のせいで、十分に伝えられなかったが。君は、本当に素晴らしい女性だ。独創性にあふれ、勉強熱心で、領地思いで……。あの新作料理、とても気に入った。あんな独特の風味は、よほど工夫し努力しないと出せないものだろう。私のために頑張ってくれたのだな。礼を言うよ」
「そ……、それほどでもありませんわ」
まさか、改めて賞賛してもらえるとは。ジャスミンは、赤くなるのを抑えられなかった。
‘次は、日本酒を作って添えて差し上げよう……’
「今のうちに、伝えておきたかったのだ」
ロランが、静かに言う。その表情はかつて無いほど深刻で、ジャスミンはドキリとした。
「ジャスミン」
ロランは身を乗り出すと、ジャスミンの手を握った。
「君にだけ打ち明けるが、今回の魔物討伐の規模は、これまでの比では無い。ダールヴィランド側が意図的に放った可能性もあるそうだ。最悪、戦争に発展するかもしれない。……だから」
ロランは、一瞬押し黙った。
「こうして話ができるのも今夜限りかもしれないと、覚悟してくれ」
「な……、何てことを仰いますの。縁起でも無い!」
ジャスミンは思わず立ち上がりかけたが、ロランはそんなジャスミンを引き留めた。
「最悪の事態を想定して言っている。……ジャスミン、聞いて欲しい」
ロランは、ジャスミンの瞳をじっと見つめた。
「愛している」
「ロラン様……」
目頭が熱くなるのを、抑えきれない。ジャスミンの手を握るロランの力が強くなった。
「このところ、冷たい態度を取ってすまなかった。決して、君を疎んでのことではない。誤解されたままでは嫌なので、今のうちに言っておく」
「では、理由は何ですの?」
ジャスミンは、首をかしげた。ロランが、決まり悪そうな顔をする。
「ヴィクトル殿だよ」
「はい?」
「絵師の、ヴィクトル殿。会っていたのは試食のためというのは理解したが、どうにも感情が付いていかなくてな。それというのも、彼と君の間には、特別な何かがあるように見えたのだ。二人だけの絆、とでも言うべきか。上手く表現できないのだが……」
ドキリとした。前世のことを言い当てられた気がしたのだ。
「だから、君の絵を彼に描いて欲しくなかった。……つまり私は、盛大な嫉妬をしていたようだ。すまなかったな、嫌な態度を取って」
やや早口で、ロランが言う。ジャスミンは、あっけにとられていた。
‘ロラン様が、私とヴィクトルさんに妬いていたですって?しかも、謝罪なさった……’
少し迷った後、ジャスミンは決意した。
「ロラン様、聞いてくださいませ。実は私とヴィクトルさんには、共通の秘密があります。でもそれは、あなたが想像なさっているようなことではありません。信じられないでしょうが、実は……」
ジャスミンは思い切って、全てを語った。妄想と思われるのは、覚悟の上だ。途中で遮られるかと思ったが、ロランは意外にも、黙って最後まで耳を傾けてくれた。
「……と、いうわけなのです。ちなみに、ヴィクトルさんだけではありません。塔守のギョームさん、占星術師のパスカル先生、ジレット家の教育係のバルバラさんも、そうなのですよ」
「そんなに、いるというのか!?その、まんしょん、とかいう場所で共同生活していた人間が?」
ロランは、驚愕の面持ちで首を振った。
「はい。ですので今日のお料理は、その前世で食べていた有名料理を再現したものなのです。ヴィクトルさんはその味をご存じですから、試食を頼んだわけでして……。つまり、ロラン様は褒めてくださいましたが、あの料理は私が考えついたものではないのです」
気恥ずかしくなり、つい小声になってしまう。だがロランは意に介さない様子だった。
「材料も十分に手に入らない中で、その名物とやらを再現できたのは、君の才覚だろう。勉強し努力してきたのは、私もよく知っている。……やはり、君はすごい女性だ」
「そう言ってくださって、ありがたいですわ……。というより、私の話を信じてくださるのですね?」
ああ、とロランは頷いた。
「君は、こんな状況で作り話をする人間じゃないだろう。信じるさ。正直に話してくれて、ありがとう。ヴィクトル殿のことも、これでスッキリした」
ロランは、柔らかく微笑んだ。ジャスミンが渡した布袋を、大事そうに握りしめる。
「お守りは、大切にする。戦場でも、肌身離さず身に付けるとしよう。……君だと思ってな」
そう言ってロランは、力強くジャスミンを抱きしめた。




