手巻き寿司は好評
ロランの誕生パーティーは、スムースに進行した。父・サロー侯爵はその後もロランとにこやかに歓談し、他の出席者たちは、二つの領の関係が順調であることに、嬉しさを隠せない様子だった。彼らはロランの肖像画を絶賛し、ウードが腕を振るった豪華な料理の数々に、舌鼓を打った。
‘さあ、いよいよだわ’
メインの食事が終盤にさしかかった頃、ジャスミンは生唾を呑み込んだ。これから、ジャスミン手製の手巻き寿司を振る舞うのだ。まずはロランに食べてもらい、その後他の参加者たちにも提供する予定である。
「奥様、準備完了でございます」
ウードがやって来て、そっと耳打ちする。わかったわ、とジャスミンは頷いた。
「運んでちょうだい」
その合図を皮切りに、給仕たちがトレイを次々と運んで来る。参加者らは、どよめき始めた。
「あれは、何ですかな?」
ジャスミンは、大きく深呼吸した。ロランの前へと、進み出る。
「ロラン様。お誕生日、おめでとうございます。今日という日を健やかに迎えられたこと、嬉しく存じます。……これらは、ささやかながら私からの贈り物ですわ。よろしければ、召し上がってくださいませ」
給仕らが、卓に皿を並べる。ロランも参加者たちも、興味深げにのぞき込んだ。
「ご夫人が考案された料理ですかな?」
「そういえば、妻から聞きました。ジャスミン夫人は、新しい料理を作るのがお得意だとか」
考案したと言われると、いささか気まずいが。かといって前世の話などできないので、ジャスミンは曖昧に微笑んだ。
「ありがとう。いただこう」
ロランが手を伸ばす。ジャスミンは、醤油もどきの小皿をさっと差し出した。
「こちらに付けて、お召し上がりくださいませ」
ロランは神妙な面持ちで、一つを手に取った。彼が一番好きだという、マグロがネタの寿司だ。
‘どうか、お口に合いますように……!’
神にも祈るような気分で、しばしロランを見つめる。一口食べて、彼は大きく頷いた。
「今まで食べたことの無い味だが、とても美味しい。米は何やらビネガーのような風味がするが、マグロとよく合っている。海苔ともだ。それに、このスープ。変わった香りだが、不思議と調和しているな」
言いながらロランは、あっという間にマグロ寿司を完食してしまった。皆の手前お世辞を言ったわけでも無さそうで、ジャスミンは安堵のため息をついた。
「嬉しいお言葉ありがとうございますわ、ロラン様。ではお飲み物は、こちらをどうぞ」
ジャスミンは、給仕に持ってこさせたビール瓶を手に取った。グラスに注ぎ、差し出せば、ロランは目を丸くした。他の出席者たちもだ。当然だろう。食事のお供といえば、ワインだ。
「本来このような場で振る舞う飲み物ではないのですが、この料理にはこちらが合うかと思いましたの。どうか、お遊び感覚で召し上がってくださいませ」
手巻き寿司には、ワインよりビールの方が合うのではという判断である。ちなみに寿司といえば日本酒だが、さすがに作ってみる余裕は無かった。
「ふむ。たまには悪くないな」
ビールを一口飲んで頷くと、ロランはやおら立ち上がった。一同の顔を見回す。
「諸君。私は妻から、素晴らしいプレゼントをもらった。知っての通り、海産物は我が領の特産、米はサロー領の特産だ。妻は、それらを組み合わせて素敵な料理を生み出した。今後、二つの領がさらに親睦を深めることを妻は目指しているのだろう。領地思いの我が妻を、どうぞ讃えて欲しい」
パチパチ、と賛同の拍手が沸き起こる。父などは感動で目を潤ませている始末で、ジャスミンは気恥ずかしくなった。
‘そんな意図、無かったのに。話が大げさになっているわ……!’
「私一人の成果ではございませんわ」
ジャスミンは、静かに語った。
「この料理を完成させるまで、多くの方が協力してくださいました。特に、この付け合わせスープ。原料をくださった方、改良するための参考文献を貸してくださった方、そして本日手伝ってくれた料理人たち……。この料理は、大勢の方のご協力のたまものですわ」
それを聞いたロランは、ふっと微笑んだ。
「そう謙遜しなくてもいいだろう。君がこの料理に情熱を注いできたことは、よく知っている。今日これを堪能できて、私はとても満足だ。……そして、できれば今後もまた、作って欲しい」
「も、もちろんですわ!」
ジャスミンは、勢い込んで返事をした。まさか、そこまで言ってくれるとは思わなかった。嬉しすぎて、どうにかなりそうだ。
「さあ、では皆様も是非召し上がって欲しい」
ロランが出席者らに、寿司を勧める。待ちかねていたらしく、彼らは次々と手を伸ばし始めた。
「ほう。不思議な風味だが、美味い」
「色も鮮やかで、見た目も綺麗ですな」
皆は満足そうに、マグロやイカ、海老の寿司をほおばっている。ビールと共に味わう者もいた。好評な様子に、ジャスミンは嬉しくなってきた。
「魚介類以外を巻いたものもありますのよ。卵やキノコなのですけれど、こちらも合いますの。お魚に飽きたら、こちらも是非」
変わり種を紹介すると、皆の関心はいっせいにそちらへ集中した。
「甘いお味だわ。こういうのもよろしいわね」
「子供が喜びそうですわ」
どちらかというと、女性陣に好評の様子だ。今度茶会で改めて振る舞おうか、などと考えていると、廊下で慌ただしい足音がした。ゴーチェが、応接間へ入って来る。彼の顔は青ざめていて、ジャスミンは眉をひそめた。
‘何かあったのかしら……?’
ゴーチェはロランのそばへ歩み寄ると、耳元で何事か囁いた。ロランの顔が、さっと強ばる。そして、咳払いをした。
「失礼。少々、席を外させてもらう。引き続き歓談していて欲しい」
そう言うとロランは、ジャスミンに向かって手招きした。ジャスミンは、彼に従って部屋を出た。
廊下で二人きりになると、ロランは真剣な眼差しでジャスミンを見つめた。
「王都から、緊急の連絡が来た。ダールヴィランドから、未だかつて無いほど大量の魔物が侵入してきた。ついては、至急退治に駆けつけろとのことだ」
ジャスミンは、絶句した。
‘魔物はいつ何時現れるかわからない、とロラン様は仰っていたけれど。もうだなんて……。’




