父母の到着
その後、手巻き寿司を完成させたジャスミンは、手早く支度をして応接間へ向かった。室内はゴーチェの采配で、完璧に飾り付けられている。中央には、ヴィクトルが描いたロランの肖像画が飾られていた。銀色の髪はその輝きを強調し、鋭いグリーンの瞳は凜々しく描かれている。ジャスミンは、しばし見惚れた。
「絵に見とれているのか?実物はここにいるが、君には絵の方が魅力的に感じられるようだな」
不意に、背後から声がした。振り返れば、ロラン本人が立っている。今日は、黒を基調とした正装姿だ。銀髪を一つにくくったそのスタイルは、威厳があると言えば聞こえはいいが、どこか近寄りがたさも醸し出していた。
「ロラン様の魅力を上手く引き出した絵だと、感心していましたの。でも、ご本人と比較したわけではありませんわ。絵と人なんて、比べるものではないでしょう」
軽く棘のある口調に戸惑いながら、ジャスミンはそんな風に答えた。それに対してロランは何か言いかけたが、その時ゴーチェが入って来た。
「旦那様、奥様。お客様がご到着されました」
「わかった。我々も向かう」
短く答えると、ロランはさっさと踵を返した。ジャスミンも、急ぎ付き従う。玄関へ向かえば、屋敷前ではすでに多くの馬車が列をなしていた。そこからは、次々と訪問客が降り立つ。皆、山のような贈り物を持参していた。
「ロラン・オリオール辺境伯様におかれましては、ご機嫌麗しく本日を迎えられましたこと、心よりお祝い申し上げます。今後も、領内をさらに発展させてくださることを期待しております」
意気揚々と最初に祝辞を述べたのは、騎士団長のミルランだ。茶会の常連である夫人も同伴している。夫人は、夫に倣って祝辞を述べた後、ジャスミンに小さく囁いた。
「聞きましたわよ。エピーソの配合を、ついに突き止められたとか」
「そうなんですの。後ほど、お教えしますわね」
「うちの料理人が喜びますわ。ジャスミン様って、やっぱりすごいお方ですわね」
軽くウインクしながら、夫人は夫と共に屋敷内へ入って行った。その後も、次々と訪問客の挨拶が続く。ロランと一緒に彼らに応えていると、ひときわ目を引く絢爛な馬車が近づいて来た。周囲の注目が、いっせいに集まる。そう、サロー侯爵夫妻が到着したのだ。
「遠路はるばるお越しくださり、光栄に存じます、義父上、義母上」
ロランは夫妻に、丁重に挨拶した。とんでもない、と父がかぶりを振る。
「大切な義理の息子のためだ、当然であろう。息災であられたか?ジャスミンも」
「おかげさまで、夫婦ともどもつつがなく過ごしております……。ああ、そういえば義父上、素敵な贈り物をありがとうございました。実に見事な肖像画が完成したのですよ。応接間に飾らせていただきましたので、是非ご覧ください」
ロランの言葉に、父は相好を崩した。
「気に入ってくださったか!それは何より。……いや、実は心配していたのだ。ヴィクトルにはロラン殿とジャスミン、両方の肖像画を描かせるつもりが、君は自分の分だけでよいと言ったとか。ヴィクトルの腕前が不満なのかと思ったよ」
「とんでもない。ヴィクトル殿は、素晴らしい絵師ですよ」
ロランは微笑んだが、目は笑っていないようにジャスミンは感じた。
「ですがヴィクトル殿は、あくまでサロー家の絵師。その絵師が、オリオール辺境伯と夫人の絵を両方描いたとなれば、オリオール領民から不満が出るやもと懸念したのです。何せサロー領とオリオール領は、最近貿易を開始したばかりの関係ですから」
「なるほど。細かいご配慮であられるな」
父は、感心したように頷いた。
「はい。ですのでジャスミンの絵は、オリオール領の絵師に頼むつもりです。ではどうぞ、中へ」
やや強引に話を切り上げると、ロランは父母を屋敷内へと案内する。今ひとつ腑に落ちなかったが、ジャスミンも従った。




