ゴミ屋敷住人の訪問
その翌日。ジャスミンは厨房で、歓喜に浸っていた。
あの後、モロア邸から持って来た本で調べたところ、奇跡的にエピーソが見つかったのだ。ファリー、セールという二つの調味料を主原料とするのだそうだ。ジレットに尋ねてみると、二つとも持ち合わせがあるという。そこで早速彼から融通してもらい、作ってみたのだ。出来上がった品は、ミルラン夫人からもらったものと全く同じであった。
‘エピーソ、完成!’
本当の醤油ではないが、寿司だってまがい物なのだから、それでよしとしよう。ロランの誕生日は、もう目前である。それまでに醤油らしきものを増産できたことに、ジャスミンはたいそう満足していた。
‘ロラン様、気に入ってくださるとよいのだけれど……’
そこへ、ゴーチェが顔をのぞかせた。
「失礼いたします、奥様。モロア殿がお見えでございます」
げっと、ジャスミンは思った。メモを挟んだとはいえ、本を勝手に借りたことに立腹したのだろうか。できれば、もう少し借りていたかったのだが。あの本には、興味深い香辛料が数多く載っていたのだ。
ドキドキしながら、急ぎ応接間へ向かう。中では、眼鏡をかけた白髪の男性が待っていた。いかにも読書家らしく、静かで落ち着いた雰囲気だ。
「お待たせしましたわ、モロア殿。昨日は……」
「ご夫人は、香辛料に興味がおありなのですね!実に素晴らしい」
ジャスミンの弁明を遮って、モロアは叫んだ。予想に反して、顔には笑みが浮かんでいる。どうやら、本を持ち去ったことを非難するつもりではないらしい。
「いやあ、辺境伯邸の馬車が見えたものでね。てっきり、この本の山について苦言を呈されるかと思いきや。香辛料に興味をお持ちだったとは思いませんでしたよ。ご夫人は、私の同志ですな!」
モロアは、興奮気味にまくし立てている。実際、注意する目的だったのだけどな、とジャスミンは思った。そして、やはり居留守だったか。
「私は本が好きで、様々な種類を読みふけったものですが。香辛料に関するものが、一番面白くてですね。共感してくださったとは、ありがたい」
モロアは、応接間を行ったり来たりしながら喋り続けている。そして、こんなことを言い出すではないか。
「ご夫人。もしよろしければ、他の本もお貸ししましょうか。実は、百冊近く持っているのですよ」
「まあっ、本当ですか?」
ジャスミンは、目を輝かせた。それだけ文献があれば、ひょっとしたら大豆に近い味の香辛料が見つかるかもしれないではないか。それを混ぜれば、さらに醤油に近くなる。
「是非、お願いしたいですわ。私、調味料や香辛料に、本当に関心がありますの。勝手にお借りして申し訳なかったですが、とても面白く読ませていただきましたのよ」
「そうでしょう、そうでしょう」
モロアは、満足げに頷いた。
「香辛料とは、奥が深いものなのですよ。単に料理に使うだけでなく、身に付けていると護身効果があるものもあります。異国では、お守りとして使われていたようですよ」
「まあ、それは知りませんでしたわ」
ジャスミンは、目をパチクリさせた。
「面白そうですわね。学んでみたいです。それらの本、全て貸していただけます?」
「喜んで。すぐに届けさせましょう」
モロアが頷く。百冊引き取れば、あの屋敷も少しは綺麗になるかな、とジャスミンは思った。これぞ、一石二鳥である。




