ゴミ屋敷訪問
その日ジャスミンは、憂鬱な気分で一人自室にいた。
あの後ロランは、すぐにヴィクトルをサロー領へ帰した。だが、それで一件落着かと思いきや、ロランは頑なな態度を改めないままなのだ。書斎にこもりきりの生活は、相変わらず続いている。
‘これがパスカル先生の仰っていた、家庭に波乱あり、ということかしら……’
だとすれば、三番目の‘所持品が国を救う’というのも当たるということだろうか。あれこれと思いを巡らせるが、まるで見当が付かない。
そこへ、ノックの音がした。ゴーチェだった。
「奥様、塔守のギョーム殿がお越しです。何やら、火急の報告があるとか。ですが旦那様は、ご多忙の様子で……」
「私が対応するわ」
ジャスミンは、重い腰を上げた。ギョームは大して会いたい相手ではないが、人と話をすれば、少しは気も紛れる気がしたのだ。
ジャスミンの顔を見るなり、ギョームはせかせかと告げた。
「おお、ご夫人。肉屋の女店主の件は、ありがとう。香水の匂いは弱くなったよ」
「それはよかったですわね」
ジャスミンはほっとした。
「それより、大変なんだ。領内に、大変な本好きがいるんだが。そりゃあ量がすごくて、最近は屋敷の外にまで侵出するようになった。放火の原因にならないか、心配でね」
「まあ、確かに心配ですわね」
前世で言うところのゴミ屋敷か、とジャスミンは思った。近隣に暮らす者は、さぞ迷惑していることだろう。
「どちらの家ですの?」
「モロアっていう、隠居した元伯爵の家さ。場所は……」
ギョームの説明を、ジャスミンは手早くメモした。
「今日、早速行って参りますわね。注意しますわ」
「助かるよ、ありがとう」
いえ、とジャスミンは小さくかぶりを振った。早めに対処せねばという思いもあったが、ロランと同じ屋敷にいるのが気まずかったのだ。ここから脱出するためにも、ジャスミンはすぐに出かけることにした。
そして、約一時間後。モロア邸の前で、ジャスミンは途方に暮れていた。ドアノッカーで叩いても、誰も応答しないのだ。不在なのか、あるいは居留守か。
‘……それにしても。本当にすごい量ね’
ギョームの言う通り、本の山は門外にまではみ出していた。元伯爵だけあって、邸宅は相当の広さだ。それでも収まりきらないとは、どれほどの読書家なのだろうち、ジャスミンは呆れかえった。
‘ジャンルも色々のようね。勉強熱心なのは、良いことだけれど……’
はみ出した本をあれこれと手に取るうち、ジャスミンはふと、そのうちの一冊に目を留めた。‘香辛料の歴史’とあったのだ。開いて見れば、百科事典のごとく様々な香辛料が綴られている。
‘これ、参考にならないかしら?’
ジャスミンは思った。エピーソは、この事典に載っているかもしれない。
‘とは言っても、ご不在では仕方ないわね’
思案したあげく、ジャスミンはメモを残すことにした。辺境伯夫人が訪れたが、ご不在だったので出直す、そして本を一冊お借りする、と綴る。門扉に紙を挟むと、ジャスミンは急ぎ屋敷へ戻った。




