不思議な調味料
その日ジャスミンは、茶会に出席した夫人たちを見送っていた。
「ご夫人方、お越しいただきありがとうございましたわ。……そして、マチルド嬢も」
ジャスミンは体をかがめると、少女に微笑みかけた。ジレット家の令嬢・マチルドは非常に食に関心があるらしく、是非参加したいと言い張ったのだそうだ。そのため特例として、母親と共に出席することを許可したのである。
「いいえ、こちらこそありがとうございました、ジャスミン様。出席をお許しいただき、光栄に存じます!」
マチルドは、ハキハキと礼を述べた。大げさな抑揚は、明らかにバルバラの影響だろう。だが幸いにも他の夫人たちは、子供ゆえのハイテンションと解釈したようだった。
「ほほ。ジャスミン様のお料理は、お子様にも人気ですのねえ。素晴らしいですわ」
ミルラン夫人が、にこにこと語る。いえそんな、とジャスミンは謙遜した。
「お料理を楽しむのに、大人も子供もありませんもの」
「ジャスミン様は、謙虚でいらっしゃるのねえ。これはもう、学校と呼んでもいいくらいですのに」
そう言うとミルラン夫人は、懐から何やら小さな包みを取り出した。
「何ですの?」
「こちらは、うちの料理人が使っておりました調味料ですの。料理人は亡くなった父親から受け継いだそうなのですが、本人もエピーソという名前しか知らず、配合などは一切わからないのだとか。ジャスミン様なら香辛料にお詳しいですから、もしやご存じかもしれないと思いまして」
ジャスミンは、包みを開いてみた。黒に近い褐色の粉状の調味料だ。失礼と断り、一舐めしてみると、それはほんのり甘かった。何かを思い出させる……。そうだ、とジャスミンは気がついた。醤油に、どこか似ているではないか。
‘光が見えた気がするわ!’
「ミルラン夫人、こちら、いただいてもよろしくて?今はわかりかねますが、調べてみたいんですの」
ジャスミンは、勢い込んだ。夫人があっさり頷く。
「もちろんですわ、何せ‘学校’ですもの。授業料にもなりませんが、いくらでも差し上げますわよ」
そう言ってミルラン夫人は、軽くウィンクしたのだった。
※※※
その晩ジャスミンは、エピーソを研究するべく、厨房にこもった。この調味料については、ウードをはじめとする料理人たちも、誰も知らなかった。書庫で調べてみても、文献は見つからない。そこでジャスミンは、配合を探ることは諦め、試しに煮詰めてみることにしたのだ。
幸いと言うべきか、最近のロランは、この時間、再び書斎にこもっている。昼間は肖像画のモデルとして時間を取られてしまうから、仕事が溜まっているというのである。そんなわけで彼と過ごすことが無くなったジャスミンは、夜のこの時間を利用することにしたのだ。
‘うん、やっぱり似ているわ!’
出来上がったスープを味見して、ジャスミンは大きく頷いた。薄めたり濃くしたりするうちに完成したそれは、限りなく醤油に近かったのだ。大豆の風味が足りない点を除けば、醤油と呼んでも差し支えないだろう。
‘ロラン様のお誕生日では、お寿司をこれに付けていただきましょう’
色とりどりの手巻き寿司を、この調味料に付けてロランに食べてもらう光景を想像して、ジャスミンは頬を緩めた。




