試作品完成
‘うん、できたわ!’
その日ジャスミンは屋敷の厨房で、一人ガッツポーズをしていた。あれから一週間、ジャスミンは試行錯誤を重ねて寿司作りに取り組んだのだ。寿司飯の作り方はわからなかったが、ビネガーに色々な調味料を加えて実験するうち、それらしきものが完成した。その上にマグロや海老などを載せて、一応寿司と言えるような品ができたわけである。
‘でも……、これをいきなりロラン様にお出しするのは、勇気が要るわね’
まずは他の誰かに食べてもらった方がいいだろう。またお茶会を開くことも考えたが、前世日本での寿司の味を知る人間に食べてもらうのが確実と思われた。バルバラからはすでに合格点をもらっているものの、何を食べても大げさに褒めそやす彼女のことだ、信頼はできない。
‘となると、ギョームさんかパスカルさんだけど……’
パスカルに食べてもらおうか、とジャスミンは決断した。前世は医者だった彼のことだ、さぞ舌が肥えているだろう。有意義な意見を聞ける気がした。それに、市場の騒音問題が解決したかも確認したい。
すぐに馬車を用意させると、ジャスミンは寿司を持参してパスカル邸へ向かった。幸いにも占いは定休日らしく、客の列は見当たらない。名乗ると、執事はすぐに応接間へ通してくれた。
「どうされました?」
パスカルは、くつろいだ様子で応接間へ入って来た。
「その後のご状況はいかがかと思いまして。市場の時間を変更することは難しかったので、ひとまず騒音対策を取ってもらいましたの」
「ああ、そうでしたか。完全とは言えませんが、少しは静かになったようですね」
あまり満足している風ではないが、一応彼はそんな風に答えた。これ以上クレームが出る前に、ジャスミンはさっと寿司の籠を差し出した。
「ところでパスカル先生。私は最近、前世の料理を再現することに凝っていまして。よかったら、味見していただけません?お寿司を握ってみましたの」
「ほう、寿司を?懐かしいですねえ。是非いただきましょう」
パスカルは顔をほころばせたものの、籠の蓋を取ると眉をひそめた。
「醤油は?寿司には、必須でしょう」
「そんなの、この世界にはありませんよっ。だから大豆を輸入できないかと思って、ダールヴィランドと貿易ができるか、占ってもらったんじゃないですか」
曖昧な返答だったけれど、と心の中で付け加える。パスカルは、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「醤油無しなんて、それだけで寿司とは言えない気がしますが。……まあいいでしょう、いただきます」
ぶつぶつ言いながらも、パスカルはマグロの寿司を手に取った。おもむろに、口へと運ぶ。ジャスミンは、固唾を呑んで見守った。
「……いかがでしょう?」
「とてもじゃないが、私が食べていた寿司には及びませんね」
やはりか、とジャスミンはがっくりした。追い打ちをかけるように、パスカルが言う。
「回る寿司にも劣るんじゃないですか、これは。ああいえ、私自身は回る寿司なんぞ食べていませんでしたけどね。子供が喜ぶので、付き合っていただけです」
そこまで言わなくても、とジャスミンは口を尖らせた。正式な作り方を知らず、十分な材料も手に入らない中でここまで作り上げるのは、至難の業だったのだ。するとパスカルは、こう続けた。
「何でまたこれを作ろうと思ったのか知りませんが、あなたには手巻き寿司くらいが合ってるんじゃないですか」
「それですわ!」
ジャスミンは思わず立ち上がると、そう叫んでいた。パスカルは、良いヒントをくれたものだ。本当の寿司を握るのは難しいが、手巻き寿司くらいなら作れそうではないか。海沿いゆえに、海苔ならいくらでも手に入る。
「ご試食いただき、ありがとうございました。それでは、今日はこれで」
すぐに帰って手巻き寿司に取り組もうと思ったジャスミンだったが、パスカルは引き留めてきた。
「お待ちを。今日は占っていかれないので?」
「定休日じゃないんですか。それに、特にご相談もありませんし」
だがパスカルは、深刻な表情になった。
「あなたの顔相からして、気にかかるのですよ。念のためですが、占っておいた方がいい。確かに定休日ですが、ご領主夫人なら特別です」
まるで、検査を勧める医師のような口ぶりだ。不安になり、ジャスミンは再び腰掛けた。
パスカルは、いつものように図表を持って来た。しばし黙考した後、彼は大きく頷いた。
「やはりですな。家庭に波乱あり、と出ています」
何と、とジャスミンは眉をひそめた。せっかくロランとの関係が改善しつつあるというのに、何か起きるというのだろうか。
「次に、意外な訪問者あり、と」
これも、さっぱり見当がつかない。ジャスミンは、首をひねった。
「そして最後は……、これは、吉兆ですぞ。あなたの所持品が、国を救うと出ています」
「国を救う!?」
ずいぶんとスケールの大きな話に、ジャスミンは目を見張った。そして所持品とは、一体何だろう。抽象的過ぎて、予想もつかない。
とはいえそれ以上は説明してくれなさそうである。仕方なくジャスミンは、見料を払って帰ることにしたのだった。




