意外と楽しいお茶会
その日のオリオール邸の応接間は、いつに無くにぎわっていた。室内は、香水の香りと華やかな笑い声で満ちている。そう、今日はジャスミン主催によるお茶会なのである。
「皆様、いかがかしら?」
ジャスミンは緊張気味に、居並ぶ夫人たちに声をかけた。真っ先に返答したのは、ミルラン夫人だ。夫は騎士団長を務めており、この中では最も身分が高いリーダー的存在である。
「ジレット夫人からは伺っておりましたが、これほどとは思いませんでしたわ!この、お米を固めたお料理、最高ですわね」
ジレット夫人からの要望で、今日は焼きおにぎりをメインに提供しているのだ。お米繋がりということで、他にはリゾットも数種類並んでいる。少しずつ味わって欲しいので、どれも少量ずつだ。
「本当ですわ、色んなお味がありますこと。お肉でもお魚でもいけますのね」
別の夫人が賛同する。焼きおにぎりに混ぜた材料は、ポークや鮭など、様々なのだ。
「ありがとうございますわ。作り方は、とっても簡単ですのよ」
ジャスミンは、あらかじめ用意していたレシピ集をアンヌに配らせた。皆、真剣に目を通し始める。
「まあ、塩こしょうだけですの?」
「他は、バターしか使っていませんのね。驚きましたわ」
口々に、賞賛の声が上がる。すると、ジレット夫人がリゾットの皿を手にした。
「リゾットの方も、素晴らしいですわ。大人向けから子供向けまでありますのね」
リゾットは、海鮮と香辛料をふんだんに使ったものから、チーズとバターで仕上げたシンプルなものまである。ジレット夫人としては、後者が気に入ったようだった。
「娘が喜びそうですわ。是非、うちの料理人に習わせましょう」
「ねえ、皆様。思ったのだけれど」
ミルラン夫人は、悪戯っぽい微笑を浮かべた。
「この海鮮リゾットをいただいていると、何だかお酒がいただきたくありません?」
ジャスミンは、笑いを噛みしめた。元々つまみとして作った品だから、当然だろう。
「でも……、ねえ。‘お茶会’ですもの」
「お料理はともかく、お酒をいただくのはちょっとねえ」
さすがに皆、尻込みをしている。そこでジャスミンは、名案を思いついた。夫人たちの顔を見回して、語りかける。
「では、お茶会の場でなければよいのでは?皆様、今度こっそり居酒屋を訪れるのはいかがかしら?」
「ええ!?それは……」
夫人たちは度肝を抜かれたようだったが、ジャスミンは勢い込んだ。
「お酒とそれに合うお料理って、一緒にいただきたいですわよね?居酒屋なら、お酒に合うお料理がそろっていますもの。お忍びで、是非行きましょうよ。庶民の生活を知るきっかけにもなりますわ」
「興味はありますけれど……」
「旦那様に知られたら、どう仰ることか」
一同はためらっているが、瞳は興味で輝いている。これはいけそうだな、とジャスミンは思った。
「是非、ご検討くださいな。みんなで行けば、怖くありませんわよ」
ミルラン夫人は、クスッと笑った。
「一体どんな方なのだろうと思っていましたけれど、ご領主夫人は面白い方ですわねえ」
「本当に。わたくしたちも、楽しみが増えそうですわ」
「毎日、代わり映えのしない生活ですものねえ」
皆が頷き合う。すると一人が、ポンと手を打った。
「そうそう、お聞きになりまして?最近領内に、評判の絵師がいるそうですの。腕が良い上に、若くて見目麗しい男性ですって」
一同の視線は、いっせいに彼女に集中した。
「あちこちを回っては風景を描いているそうなのですけれど、残念ながら素性がわかりませんの。どなたか、ご存じ?」
「存じませんわねえ」
他の夫人たちが、かぶりを振る。はて、とジャスミンは思った。怪しい人物が領内に紛れ込んだなら、真っ先にギョームが報告してきそうなものだが。今のところ、彼からは何も聞いていない。
「塔守から何か聞いたら、お知らせしますわね」
ジャスミンは言った。是非、とその夫人が頷く。するとミルラン夫人が時計を見た。
「もうこんな時間ですわ。そろそろお暇しなければ。ジャスミン様、本日は楽しく過ごさせていただき、ありがとうございましたわ。居酒屋の件は、積極的に検討してみますわね」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございました」
ジャスミンは、丁重に礼をした。他の夫人たちも、次々と挨拶をする。
「楽しかったですわ」
「またのお招き、楽しみにしていますわね」
すると、誰がこう言い出した。
「その前に、辺境伯様のお誕生日ですわね。是非、祝わせてくださいませ」
そういえば、とジャスミンは思い出した。ロランの誕生日が近づいているのだ。
「お気遣い、ありがとうございます……。私なんて、まだ何もお祝いを考えられていないのですけれど」
仕事の虫とも言うべきロランが何を好むのか、ジャスミンにはまったくわからないのである。長らくすれ違い状態だったせいで、なおさらだ。ゴーチェに聞いてみようかと考えていると、ジレット夫人がこんなことを言い出した。
「買ったお品でなくてもいいのではないかしら?これだけ素晴らしいお料理を作り出せるジャスミン様ですもの。手作りの一品を差し上げれば、喜ばれるかもしれませんわよ」
いいかもしれませんわね、と夫人たちが頷き合う。ジャスミンは、目から鱗が落ちる思いだった。
‘お料理か。それは、名案かもしれないわ……!’
だが、普段作るようなものは、すでに提供している。誕生日なのだから何か特別な一品を、とジャスミンは頭をひねった。
‘そうだわ!’
前世では、誕生日といえば両親が寿司を取ってくれた記憶がある。そして現在、このオリオール領では、米と海産物が手に入る状況だ。
‘寿司なんて、握ったことは無いけれど。ビネガーがあれば、近いものができるのではないかしら……?’
やってみよう、ジャスミンは力強く決意していた。




