市場へゴー!
ジャスミンが厨房へ姿を現すと、使用人たちの動きがピタリと止まった。皆、いっせいにジャスミンの顔を凝視している。
「奥様!?」
「奥様が、午前中に起きてらっしゃる?」
どうやら彼らの驚きの原因は、辺境伯夫人自ら厨房を訪れた、ということよりも、ジャスミンが午前中から活動していることにあるらしい。当然かな、とジャスミンは思った。二日酔いで昼まで寝ているのが、ジャスミンの日常だからだ。
「いかがなさいましたか、奥様」
使用人たちの中から、一人の男がおそるおそる進み出る。料理長のウードだ。
「お邪魔をしてごめんなさい。厨房の食材を見せて欲しいの」
ジャスミンがそう言うと、使用人たちは再びフリーズした。「抜き打ち点検!?」「これまで昼までお休みだったのは、油断させるためか」という囁きが聞こえる。
‘何だか大げさなことになってきたなあ……’
とはいえ、今更止めるとは言えない。ウードは一瞬顔をこわばらせたものの、笑顔を作って「どうぞ」と答えた。
「こちらがパン、そちらが肉、あちらが魚、そして卵に野菜でございます」
「香辛料の類は?」
「はっ、こちらに」
ジャスミンは、示された棚を入念にチェックした。この屋敷で出される酒は、もっぱらワインだ。学生だった前世はビールばかり飲んでいたのでワインにはあまり詳しくないが、味が濃くてスパイシーな品が合うだろうということはわかる。
‘この中で使えそうなのは……。バジルとオリーブね。でも少し物足りないわ’
ジャスミンは、ウードに尋ねた。
「ペッパーやガーリックは?」
「申し訳ございません。切らしておりまして」
ううむ、とジャスミンは腕を組んだ。それらがあるだけで、酒が進むというのに。
「よし、買い出しをするわよ。今から市場へ行きましょう。ウード、あなたも付き合って」
「はあっ?奥様自ら、でございますか?」
ウードは、今度こそ目を剥いた。
「お命じいただければ、私どもで買って参りますのに」
「いいのよ。ついでに、他に選びたいものもあるの」
市場を見て回れば、つまみになりそうな食材が見つかるかもしれない。ジャスミンは、ウキウキし始めた。
「支度をしたら、すぐに出かけるわよ!」
意気揚々と踵を返したジャスミンの背後からは、「結局、食材のチェックは?」という呟きが聞こえたのだった。




