旦那様が認めてくれた
「旅で疲れているところを、すまないな」
「いえ、お気になさらないでください」
ロランを部屋に通して椅子を勧めながらも、ジャスミンは内心驚いていた。結婚してこの方、ロランがジャスミンの部屋を訪れるのは初めてのことだ。
「実家へ帰っていたと聞いた。義父上、義母上は息災であられたか?」
「ええ、おかげさまで。……ああそうですわ、旦那様にお土産がございますの」
ジャスミンは荷物の中から、一巻きの布を取りだした。サロー領名産の、綿織物だ。だがそれを見て、ロランの眼差しは険しくなった。
「礼を述べたいところだが……。悪いが、素直には喜べぬな。これを土産にくださるということは、もしや義父上は、綿織物の輸出を考えておられるのだろうか」
いきなり本題に入ったことにドキリとしたものの、ジャスミンは何食わぬ顔で答えた。
「ええ、そう申しておりましたわ。……実は私、貿易のスタートを前に、父の意向を探りに帰ったのでございます。父は、オリオール領へ綿織物を輸出することを積極的に考えているようでした」
ロランは、眉間に皺を寄せた。
「やはりか……。それは、受け入れがたいな。綿織物の需要は、多いとは思えない。海産物と引き換えでは、割に合わないな」
ジャスミンは、にっこりした。
「ご安心くださいませ、旦那様。私、父を説得しましたの。綿織物の輸出は、いったん諦めてくれましたわ。断念したというほどではありませんが、次の機会に、と」
「本当か!?」
ロランが、パッと瞳を輝かせる。ええ、とジャスミンは頷いた。
「ただ……。旦那様の求められる石炭の輸入は、難しそうですわね。何分貴重な資源ですから、ひどくためらっているようでした」
「そうか」
神妙に頷いた後、ロランはおやという顔をした。
「私は、君に石炭と言ったか?資源、としか伝えていなかったと思うが」
「両領内の地理や歴史を学んでいれば、自然と想像がつきますわ」
ロランは、目を見開いた。
「ジャスミン……。君は、本当に変わったな。ゴーチェから聞いた時は半信半疑だったが、とてもよく勉強していると見受けられる」
全てはつまみのためなのだが、とジャスミンは思った。
「何より、私の助けになろうとしてくれたことが素晴らしい。貿易話がスムースに進むよう、事前に情報収集した上、根回しまで」
「あら、私は何もしていませんのよ」
ジャスミンは席を立つと、机の引き出しから、ノートを取り出した。パスカルに書かせたものだ。
「占星術師のパスカル先生から、ご助言をいただきましたの。‘根回しが重要’だと。私は、そのお言葉に従っただけですわ」
ロランは、パスカルが書いた占い結果に、真剣に目を通し始めた。
「重要資源の輸出については交渉が難航……、当たっているな。ジャスミン、君が話してもダメだったのだから、厳しいだろう。そして無難なのは、米か」
ロランは、ジャスミンをじっと見つめた。
「ジャスミン、君は実に有能な女性だ。貿易スタートを見越して、すでにパスカル先生に占ってもらっていたとは。交渉が厳しくなったら頼ろうかと思っていたが、君はもう行動していたのだな。素晴らしい」
あまり褒められると、気恥ずかしくて仕方ない。ジャスミンは、目を伏せた。
「出過ぎた真似をしたかと、怯えていたのですが。お褒めいただき、光栄ですわ。……そして実は、もう一つ先走ってしまったことがありますの」
ジャスミンは、ギョームから受け取ったばかりの書類を見せた。
「旦那様はご反対でしたが、私は領民の真意を確かめたかったのです。それで塔守のギョームに、情報収集を頼みました。米の輸入に関する総意です」
ロランはリストと署名に目を通すと、うなった。
「申し訳ございません。今度こそ、出過ぎた真似でしたでしょうか……」
「いや」
ロランは、短く答えた。
「完璧だ。いや、それ以上だ。ジャスミン、君は最高の領主夫人だ!」
ロランは立ち上がると、ジャスミンの手をぎゅっと握った。
「試食会の件、苦言を呈して悪かった。後で聞いたが、君は料理人たちの労力を節減する案を考えているのだとか。料理学校だ、などと言って悪かったよ」
そして彼は、ぼそりと付け加えた。
「実のところ……、君が使用人とばかり仲良くするものだから、僻んでいたようだ。私のことは嫌っているくせに、他の者とは打ち解けるのかと」
「ちょっとお待ちください。旦那様を嫌う?」
思いがけないフレーズに、ジャスミンは目をパチクリさせた。
「違うのか?」
「そんなことはありませんわ。むしろ旦那様こそ、私をお嫌いでは?この部屋にいらっしゃるのだって、今回が初めてではありませんか。その……」
初夜だって、とはさすがに言いづらい。だがロランは察したようだった。
「もしや、最初の夜のことを言っているのか?なら誤解だ。私は、この部屋を訪れた」




