新たな転生者
どういうことだ、とジャスミンは頭を巡らせた。安西、工藤、片山たちがこの世界へ転生したのは、エレベーター事故で一緒に死亡したからだろう。だが桐村は、あのエレベーターには乗り合わせていなかったはずなのに。
‘それにしても、相変わらず素敵だわ’
ジャスミンは、ヴィクトルの顔をうっとりと見つめた。平民絵師という立場上、服装は以前と違って地味だが、端正な容貌は変わらない。柔らかそうな茶色の髪と同色の瞳、線の細い甘いマスクは、いかにも女性にモテそうだ。
「私は、これで失礼するわね。ではヴィクトル、今日もよろしく」
母が、席を立つ。父の客なのだから自分も退席しなければいけないだろうな、と名残惜しく思ったジャスミンだったが、そこへパタパタと足音がした。使用人の一人が、慌てた様子で顔をのぞかせる。
「お取り込み中失礼いたします、旦那様。王都より、急ぎの手紙が到着しました!」
「なに、それは直ちに対応しないといけないな」
父は、顔色を変えた。ヴィクトルの方を振り返る。
「ヴィクトル、すまないが少々待ってくれ。……ああ、こちらは娘のジャスミンだ。隣のオリオール辺境伯に嫁いでいて、今は帰省中なのだ。今度、娘と夫の肖像画もそなたに頼みたいと思っているから、よかったら娘と話でもしていてくれ」
「かしこまりました。僕のことはお気になさらず、どうぞごゆっくり」
ヴィクトルが、にこやかに答える。父が応接間を出て行くと、ジャスミンは思わずガッツポーズをしていた。
‘チャンスだわ。これで、二人で話ができる……!’
二人きりになると、ジャスミンは勢い込んでヴィクトルに話しかけた。
「桐村さんですよね!?ほら、私を覚えていません?八階の小野です。同じマンションだったでしょ?」
「僕の名前を知っているの?君も、転生したのか?」
ヴィクトルは、ジャスミンの顔をまじまじと見た。やがて、ぽんと手を叩く。
「そういえば、マンションにこんな顔の女性がいたな。小野さんと言ったのか」
名前を覚えてくれていなかったことにやや落胆したものの、顔はかろうじて記憶に残っていたらしい。ジャスミンは、身を乗り出した。
「私と安西さん、工藤さん、片山さんはエレベーター事故で死んで転生したんですけど……。桐村さんは?あの時、同じエレベーターには乗っていなかったですよね?」
するとヴィクトルは、ははあという顔をした。
「エレベーター事故……、なるほどね。いや、僕は、普通にエレベーターに乗ろうとしたんだけれど。足を踏み入れたら、床が無かった。それで真っ逆さまに転落ってわけだ。おそらくは、即死だろう」
何と、とジャスミンは眉をひそめた。
「ではもしや……、事故の後処理中だったんでしょうか。それを知らずに乗ってしまった、と」
「点検中だとか、そんな札は出ていなかったからね。知らずに、普通に乗ってしまったんだよ。事故処理で、みな混乱していたんだろうな」
「お気の毒に」
言いながらジャスミンは、頭を巡らせた。
「それにしても、あのマンションのエレベーター絡みで亡くなると、みんなこの世界へ転生するってことですね。安西さんたち三人も、オリオール領にいるんですよ」
「いやいや、君らこそ気の毒だった……。しかし僕だけが違う領に転生したのは、時間と状況が違っていたからだろうね」
ヴィクトルは、思案するように顎に手を当てた。
「何はともあれ、同じ世界に転生できて嬉しいわ!私は、お隣オリオール辺境伯領の当主に嫁いでいるの。ジャスミンよ」
ジャスミンは、手を差し出した。よろしく、とヴィクトルが握手で応える。
「僕は、絵師のヴィクトル。少しは前世と共通点のある職業だな」
「そういえばヴィクトルさんて、前世は何をなさってたんですか?」
ジャスミンは、興味津々で尋ねた。
「フォトグラファーだよ」
ほほう、とジャスミンは内心うなった。芸能関連の職業ではないかと推理していたが、的中したわけだ。
「以前は、人も風景も色々撮っていたけれど、今も同じだな。何でも描くよ」
微笑んだあと、ヴィクトルは不意に真剣な顔になった。
「ところで、聞いてもいいかな?聞くつもりはなかったんだけれど、廊下を歩いていたら聞こえてしまった。米の輸出がどうとか」
「そうなんですよっ」
ジャスミンは、身を乗り出した。味方は多い方がいい。
「オリオール領から海産物を輸出して、サロー領からはお米を輸入するという計画を進めているんです。お米、是非食べたくて。ここでは、お米が食べられるんでしょう?羨ましいです」
だがヴィクトルは、微妙な表情になった。
「まあ、確かに食べられるけれど。はっきり言って、味付けがいまいちかな。同じメニューばかりだし」
そうなのか、とジャスミンは驚いた。
「それなら、ちょうどよかったです。私、調味料の研究をしていて。リゾット一つでも、色んな種類が作れるんですよ。海産物が手に入ったら、レパートリーはもっと増えるでしょう」
「海産物か。それと米……」
ヴィクトルは、ちょっと考えてから微笑んだ。
「今、最強の料理が思い浮かんだんだけれど。元日本人なら、絶対に好きなはずだ」
ジャスミンは、目を見開いた。
「もしかして……」
そう、とヴィクトルは頷いた。
「お寿司!そうなんですね?」
「どうだろう。作れるだろうか?」
「作ります。作ってみせます」
ジャスミンは、生唾を呑み込んだ。ビネガーさえあれば、何とかなるはずだ。
‘ビバ、寿司!また一つ、素敵なおつまみが増えるわ!’




