父は親馬鹿
ジャスミンは内心の動揺を隠して、父に穏やかに語りかけた。
「……さようでございますか。確かに、サロー領の誇る特産品ですわね。……ちなみにお父様、石炭などの輸出についてはどうお考えで?」
ロランは、石炭を狙っているようなのだ。すると父は、渋面になった。
「こちらとしては、避けたい。なんせ石炭は、我が領の重要な資産だからな。いくらオリオール領との関係改善のためとはいえ、安易に輸出したくないのだ」
ほう、と安堵のため息をつきたくなる。少なくとも、ロランの考えている選択肢は排除できそうだ。
「なるほど。私も、お父様と同意見ですわ。実を言うと、ロラン様は石炭に野心をお持ちのようなのです。ですが、当初から重要資源を取引するのは難題かと、私は考えていました。何せ、長年の仇敵同士ですし……。ここはまず、無難な取引から始めてはいかがでしょう?」
「ほう。お前には、何か考えがあるのか?」
意外そうな表情で、父がジャスミンを見る。ジャスミンは、こほんと咳払いをした。
「はい。私が考えているのは、米でございます。この領では、豊富に獲れますでしょう?」
父は、虚を突かれたような顔をした。
「確かにそうだが。なぜだ?」
「栄養価が高いゆえ、領民のためになると考えたのでございます。加えて米は、調味料を工夫するだけで、様々な料理に変身できます。料理人たちの労力を省けるかと」
これだけの理由づけでは弱いかと思ったが、父は意外にも目を輝かせた。
「ジャスミン、お前は素晴らしい娘だ!領民、使用人のことを思いやれるとは。立派な辺境伯夫人と言えよう!」
父は極端な親馬鹿だった、とジャスミンは思い出した。
「最初に輸出する品としても、米は無難かもしれぬな。よし、綿織物は次の機会といたそう」
「ああ、お待ちくださいませ」
ジャスミンは、慌てた。
「私が米を提案したことは、ロラン様には秘密でお願いしたいのですが。その、何と言いますか……」
ジャスミンが手を回したとわかれば、ロランは警戒し反発することだろう。すると父は、ジャスミンの意図を都合良く解釈したらしかった。
「ああ、わかっている。功績をひけらかしたくないのだな?まったく、本当に謙虚な娘だ。よし、さりげなく米を輸出する方向へ持って行こう」
「出しゃばらず、それでいて夫を支えるのが、夫人の務めですものね。ジャスミン、あなた、よくやっているわ。辺境伯夫人としての心得が、身についてきたこと」
母までもが、ジャスミンを手放しで絶賛する。全ては米ゲットのためなんだけれどなあ、とジャスミンは思った。
「このように素晴らしい妻ならば、きっとロラン殿も、お前を寵愛することだろう。それで跡継ぎが授かれば、二つの領の関係は確固たるものになるぞ!」
興奮状態で、父が叫ぶ。先走りすぎだ、とジャスミンは慌てた。ロランとの仲は、跡継ぎ作りにはほど遠い状況だというのに……。
どう返そうか迷っていると、ノックの音がした。執事が、遠慮がちに顔をのぞかせる。
「失礼いたします。旦那様、絵師のヴィクトル殿がお見えでございます」
「お通ししてくれ」
父は、機嫌良く答えた。ジャスミンの方を見る。
「いい機会だ、紹介しよう。腕が良いと評判の絵師を見つけてな。試しに描かせたところ素晴らしかったので、我が家のお抱えにした。ヴィクトルというのだが、人物画から風景画まで何でも描くのだぞ」
「廊下に飾ってあるのを、拝見しましたわ。詳しい絵のことはわかりかねますが、センスの良い方のようですね」
そうなんだ、と父が満足げに頷く。
「お前さえよければ、今度オリオール領へも連れて行こう。ロラン殿とお前の肖像画も描いてもらうとよい」
そう言って父が、廊下に向かって手招きする。だが、入って来た人物を見て、ジャスミンは悲鳴を上げそうになった。
‘何てこと。桐村さん……?’
その男の顔は、前世で同じマンションの住人だった桐村と、うり二つだったのだ。




