↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンションごと転生したけど、住人仲が悪いから協力できるか微妙  作者: 花房ジュリー
第二章 つまみを作っていたら、使用人に慕われ始めた
PR
12/49

まずは需要調査を

その翌日、ジャスミンが試食会へ行こうと急いでいると、ロランが呼び止めてきた。


「ちょっといいか。話があるので、書斎に来て欲しい」


珍しいこともあるものだな、とジャスミンは思った。屋敷に戻ってからのロランは、日々部屋で書類仕事をしたり、鍛錬をしたりして過ごしていた。相変わらずジャスミンとは関わる気が無いようだったのに、どういう風の吹き回しだろう。


書斎で向き合うと、ロランは意外なことを言い出した。


「ゴーチェから帳簿を見せてもらって、確認した。確かに、支出が減っている。主に君の酒代だな。新たに購入した香辛料の分を差し引いても、釣りが来るほどだ。よくやった」


「いえ、今までが飲み過ぎでしたので。……でも、ありがとうございます」


褒められるとは思いもせず、ジャスミンは少し赤くなった。だが次の瞬間、ロランの眼差しは険しくなった。


「しかしだな。毎日開いている、あの試食会とやらは何なんだ。何の意義がある?」


「それは……、使用人の手を煩わせると悪いかと思い、自分で夜食を作っていたところ、彼らがそのレシピに興味を持ちまして。教えがてら、一緒に食べてみる習慣になったのです」


ロランの眉間には、きつい皺が寄った。


「事情はわかったし、使用人と良い関係を築くのは、決して悪いことではない。君の飲酒量が減ったのは、夜食作りを始めてからだと聞いているしな。……しかし、毎日開催する必要はあるのか?」


うっと、ジャスミンは詰まった。


「そんな暇があるなら、この領内に役立つことをして欲しい。私の方は、もうサロー領との貿易に向けた準備を始めている。あちらには、有益な資源がたくさん眠っているからな。海産物と引き換えに何を輸入しようか、慎重に比較検討しているところだ」


ぎえーっと、ジャスミンは叫びたくなった。


‘着々と、準備が進んでいるわ!米でないとダメなのよ!’


「わ、わかりました。頻度を減らします」


「そうしてくれ。今の君の所業は、まるで料理学校だ。学校なら、授業料を取れるからいいが」


フンと、ロランが鼻を鳴らす。むう、とジャスミンは口を尖らせた。


‘何よ。仕事の虫!金の亡者!’


口には出せないので、心の中で思い切り罵倒する。その時、控えめなノックの音がした。ゴーチェだった。


「お話中失礼いたします、旦那様。そのう、塔守のギョーム殿がお見えです。何だか色々と報告があるようですが、わたくしの方でうかがっておきましょうか?」


噂をすればか、とジャスミンは思った。ゴーチェの困ったような表情から察するに、恐らくは重箱の隅をつつくような案件を持ち込んだのだろう。


「いや、私が聞こう。ジャスミンも、同席なさい。どうせくだらぬ報告だろうが、少しは勉強になるだろう」


一瞬うんざりしたような表情を浮かべたものの、ロランはそう言った。あまり顔を合わせたくないが、ジャスミンは渋々その場に留まることにした。


ややあって、ギョームが入室する。彼はジャスミンをチラと一瞥した後、ロランに向かってうやうやしく礼をした。


「領主様。お目通りをお許しいただき、ありがとう存じます。実はこの度、重要なご報告がありまして……」


ギョームの報告内容は、どこそこの家の門番が仕事を怠けがちなため泥棒に入られた、これは領内の治安にも影響するのではないか、という予想通り些末なものだった。ロランはどう出るのだろうかと思ったジャスミンだったが、彼は意外にも微笑んだ。


「いつも丁寧な報告をありがとう、ギョーム殿。門番の雇用は各家の裁量ではあるが、治安に繋がるとなれば、気にとめておかねばならないな」


「ありがたきお言葉!」


ギョームが、パッと顔を輝かせる。褒められて調子づいたのか、彼はこんなことを言い出した。


「では恐れながら領主様、あの件はお聞き及びでしょうか。領主様がご不在だったため、先日、奥様にお伝えしたのですが……」


思い切り猜疑の眼差しで、ギョームがジャスミンをじろりと見る。市場で言われた件か、とジャスミンは内心舌打ちした。市場のどこやらの女店主の香水がきつい、とか言っていた。あまりにもくだらなかったため、脳内から吹き飛んでいたのだ。ジャスミンが信用できないので、領主に直談判と来たか。


‘まずいわね。米の輸入がかかった重要な時期に、旦那様のご機嫌を損ねたりしたら……’


一瞬ひやりとしたジャスミンだったが、ロランは思いがけなくも、ギョームの言葉を遮った。


「もちろん、聞いているとも。その件については、妻ともじっくり話し合っていたところだ。それゆえ、対応は先になるが……」


「とんでもありません!私めの意見をご検討くださり、ありがとうございます!」


ギョームが、顔を紅潮させる。うむ、とロランは頷いた。


「ギョーム殿の細やかな目配りには、いつも感謝しているところだ。今後とも、よろしく頼むよ」


「恐れ入ります。では報告は以上ですので、それでは」


丁重に礼をして、ギョームが退室する。ジャスミンは、ロランをチラと見た。


「ご報告なんて、していませんのに」


「構わない。どうせ、くだらぬ内容だったのだろう?私を煩わせまいと、配慮してくれたのだな。助かるよ」


単に忘れていただけなのに、ロランは都合良く解釈してくれたようだった。


「今日の報告もどうでもよい話だが、ああ言っておいたのだ。観察力は、塔守にとって重要な能力だからな。あの男も懐柔しておけば、いざという時に役立つだろう」


ロランは、涼しい顔で語っている。冷たい印象だった夫だが、案外人たらしだなとジャスミンは思った。……そして、策士でもある。


「そうですわね。では私、彼を見送ってまいりますわ」


ジャスミンは、そそくさと席を立った。ギョームと接触するためだ。


「ギョームさん!」


 呼びかけるとギョームは、機嫌の良さそうな顔で振り返った。


「ああ、あんた。見直したぜ。市場で伝えた件、ちゃんと領主様に報告していたんだな。何もご対応が無いから、てっきり、あんたが言ってないのかと思っていたぜ」


「夫は、つい最近まで不在でしたもの。それに、言っていましたでしょう?重要な案件だからこそ、旦那様は慎重に対応なさりたいのよ」


「そりゃあ、光栄なことだ。まあ、当然だが。前世でも、わしの活躍のおかげで、マンションの平和が保たれていたんだから」


ギョームが、これ以上できないくらい胸を張る。その口うるささで、逆に平和を壊していた気がするが、とジャスミンは思った。


とはいえ、もちろんそうは言えない。ジャスミンは、好機とばかりに微笑んだ。


「全くですわ。……ところでギョームさん。旦那様も認める、ギョームさんのその能力で、知りたいことがあるのだけれど。領内のことです」


「何だい?何でも聞いてくれ。この領内で、わしが知らないことは無いよ」


ギョームは勢い込んだ。


「知っての通り、お隣サロー領とは違って、我が領ではお米を食べる習慣がありません。でもお米って、栄養価が高いし、簡単な工夫で美味しくアレンジできます。だから私としては、お米の輸入を考えているんです。……というわけでギョームさん。領民のお米の需要がどれくらいあるのか、調査していただけません?」


「お安いご用だ」


ギョームは、即答した。


「というより、わし自身が食べたいね。前世の記憶を取り戻してからというもの、白米が恋しくなっちまって。……よし、輸入実現に向けて、前向きに調べてみよう」


渡りに船だ、とジャスミンは思った。


「よろしく頼みますね。あ、それから、この件は旦那様ではなく私に報告して欲しいの。旦那様もお忙しいですから、この件は私に一任されていますのよ」


ジャスミンはそう言って、にっこり微笑んだのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。