第72話 送るよ
二人はバーを出た。
夜風が心地よい。
「ちょっと冷えるね」
レナが肩をすくめる。
「そうだな」
二人は駅へ向かって並んで歩いた。
もう一軒寄ったことで。
最初の緊張はすっかりなくなっていた。
他愛もない話をしながら。
自然と笑い合う。
駅へ着き。
電車へ乗る。
並んで座る。
休日の夜。
車内はそれほど混んでいなかった。
「今日」
レナが小さく笑う。
「すごく楽しかった」
「俺も」
「また行きたいな」
その言葉に。
直人は少しだけ笑った。
「ああ」
「また行こう」
レナは嬉しそうに頷く。
電車を降りる。
改札を抜け。
住宅街へ向かって歩く。
「ここまでで大丈夫だよ」
レナが言う。
「送るよ」
「でも」
「夜だから」
直人は自然に答えた。
「家まで送る」
レナは少し照れながら笑う。
「ありがとう」
二人はゆっくり歩く。
会話が途切れる。
でも。
不思議と気まずくはなかった。
隣にいるだけで安心する。
そんな空気だった。
しばらく歩いていると。
レナが小さく笑った。
「なおくん」
「ん?」
「今日誘ってくれて」
「本当に嬉しかった」
直人は少し照れながら笑う。
「俺も」
「レナと二人でゆっくり話せてよかった」
レナは思わず立ち止まる。
「……」
胸が熱くなる。
「ありがとう」
それしか言えなかった。
また歩き始める。
やがて。
「着いた」
レナの家が見えた。
「送ってくれてありがとう」
「いや」
「気を付けて」
「うん」
玄関の前。
二人は向かい合う。
レナは少しだけ直人を見上げた。
(なおくん……)
今日くらい。
少し期待してもいいのかな。
そんな気持ちが胸をよぎる。
直人もレナを見つめる。
(レナ……)
一歩踏み出せば。
届きそうな距離。
けれど。
二人とも動けない。
数秒。
静かな時間だけが流れる。
「……じゃあ」
直人が少し照れたように笑う。
「また月曜日」
「うん」
レナも微笑んだ。
「また月曜日」
玄関へ向かう。
扉を開ける前に。
もう一度だけ振り返る。
直人はまだそこにいた。
レナは小さく手を振る。
直人も笑って手を振り返した。
家へ入ったあと。
レナは玄関に背中を預ける。
「はぁ……」
大きく息を吐く。
頬はまだ熱い。
「なおくんと……」
「デートしちゃった」
誰もいない玄関で。
レナは照れくさそうに笑った。




