第55話 常連さん
金曜日の夜。
バー・ルミナス。
直人はグラスを磨いていた。
学祭が終わってから一週間。
大学は相変わらずだった。
未来の彼氏も。
まだたまに言われる。
「お疲れ様」
声がした。
美月だった。
いつもの席へ座る。
「いらっしゃいませ」
「何その反応」
美月は笑う。
「私、常連なんだけど」
「知ってます」
「ならもっと歓迎してよ」
「いつも通りですよ」
「冷たいなー」
楽しそうだった。
本当に楽しそうだった。
「直人くん」
「何ですか」
「学祭楽しかった?」
直人の手が止まる。
「何で知ってるんですか」
「見たから」
即答だった。
直人。
停止。
「来てたんですか」
「うん」
美月は悪びれない。
「結構盛り上がってたね」
「そうですか」
「そうだよ」
クスクス笑う。
嫌な予感がした。
「未来の彼氏さん」
「やめてください」
即答だった。
「有名人じゃん」
「違います」
「違わないよ」
楽しそうだった。
本当に楽しそうだった。
「結衣ちゃん可愛かったね」
「そうですね」
「栞ちゃんも大胆だった」
直人。
停止。
「何で知ってるんですか」
「写真見た」
終わった。
本当に終わった。
「誰からですか」
「秘密」
絶対結衣だと思った。
「直人くん」
「何ですか」
「モテるね」
「違います」
「違わない」
即答だった。
「陽菜ちゃん」
「……」
「葵ちゃん」
「……」
「結衣ちゃん」
「……」
「栞ちゃん」
「……」
全部言われた。
「違います」
「へぇ」
全然信じていない顔だった。
その時。
店長が奥から出てくる。
「店長ー」
「ん?」
美月が手を上げた。
「今日、直人くんお持ち帰りするから」
店内。
静止。
直人。
停止。
「は?」
店長が笑う。
「おー」
「アフター連れてっていいですよね?」
「好きにしろ」
「店長!?」
直人が思わず声を上げる。
美月は楽しそうだった。
「何驚いてるの」
「言い方がおかしいです」
「大丈夫大丈夫」
美月は笑う。
「ラーメン食べたいだけだから」
「最初からそう言ってください」
「反応面白いから」
絶対わざとだった。
そして。
閉店後。
結局。
二人は近くのラーメン屋へ来ていた。
「いただきます」
美月は嬉しそうだった。
「本当にラーメンだったんですね」
「何だと思ったの?」
「知りません」
「失礼だなー」
美月は笑う。
そして。
ラーメンを一口。
「美味しい」
本当に幸せそうだった。
直人も箸を取る。
しばらく。
二人とも食べる。
そして。
店を出た。
夜風が少し冷たい。
「寒い」
美月が呟く。
「そうですね」
「じゃあ借りる」
すっ。
突然だった。
美月が直人の腕を抱く。
「何してるんですか」
「腕」
「見れば分かります」
「なら説明不要だね」
全く不要ではなかった。
「離してください」
「寒い」
「それなら上着貸します」
「腕がいい」
「良くないです」
即答だった。
美月は笑う。
「彼女いる?」
「いません」
「じゃあ問題ないね」
「あります」
「どこが?」
「全部です」
美月は楽しそうだった。
本当に楽しそうだった。
しばらく歩く。
そして。
美月がふと呟いた。
「学祭のステージ」
「はい」
「かっこよかったよ」
直人は少し驚く。
美月はあまりそういうことを言わない。
「ありがとうございます」
「うん」
それだけだった。
だが。
何故か少し照れくさい。
「でも」
美月が笑う。
「そういうところだと思う」
「何がですか」
「モテる理由」
直人は首を傾げる。
意味が分からなかった。
だが。
美月はそれ以上説明しなかった。
駅前に着く。
そこで。
ようやく腕が離れた。
「じゃあね」
「気を付けて帰ってください」
「うん」
美月は数歩歩く。
そして。
振り返った。
「直人くん」
「はい」
「好きな人」
少しだけ。
優しい顔だった。
「ちゃんと捕まえなよ?」
そう言って。
今度こそ去っていく。
直人はしばらくその背中を見ていた。
その言葉が。
少しだけ。
心に残っていた。




