第53話 動物園
土曜日。
快晴。
動物園の入口で。
直人は栞を待っていた。
「お待たせしました」
声がした。
振り向く。
栞だった。
いつもの大学の姿ではない。
白いブラウス。
ロングスカート。
シンプルだが。
よく似合っていた。
「待ってない」
「そうですか」
栞は小さく頷く。
そして。
二人で動物園へ入った。
最初は少しぎこちなかった。
だが。
意外なことに。
栞は動物の前だとよく喋った。
「可愛いです」
うさぎを見て言う。
「好きなのか?」
「好きです」
即答だった。
さらに。
「こんにちは」
うさぎへ話しかける。
「元気ですか」
当然。
うさぎは無反応だった。
「無視されました」
「だろうな」
少しだけ。
不満そうな顔をする。
それが面白かった。
次はヤギ。
「こんにちは」
また話しかける。
「今日は暑いですね」
「返事してるか?」
「してません」
真顔だった。
少しだけ。
直人は笑った。
栞がこちらを見る。
「笑いました」
「少しな」
「良かったです」
栞も少しだけ笑った。
その笑顔を。
直人は初めて見た気がした。
そして。
小動物コーナー。
モルモット。
うさぎ。
ハムスター。
栞はずっと見ていた。
本当に楽しそうだった。
「そんなに好きなのか」
「好きです」
即答だった。
「人より話しやすいので」
「それ前も言ってたな」
栞は頷く。
そして。
少しだけ考える。
「人は何を話せばいいか分かりません」
「なるほど」
「動物は考えなくていいです」
確かに。
栞らしい理由だった。
そして。
一通り回った頃。
「写真撮りますよー!」
スタッフが声を掛けてきた。
記念撮影サービスらしい。
直人は栞を見る。
「撮ってもらうか?」
栞は小さく頷いた。
コクコク。
少し嬉しそうだった。
二人並ぶ。
スタッフがカメラを構える。
「はい、もっと近くにお願いしまーす!」
直人は少しだけ横へ寄る。
だが。
まだ距離がある。
一メートル近く。
離れていた。
スタッフが笑った。
「もっと近くですよー!」
「……」
「照れなくて大丈夫です!」
直人は少し困る。
栞を見る。
栞も固まっていた。
数秒。
沈黙。
「無理なら別に――」
「いえ」
栞が小さく答えた。
そして。
一歩。
近付く。
さらに。
もう一歩。
直人の隣へ来る。
「栞?」
返事はない。
顔は真っ赤だった。
耳まで赤い。
それでも。
栞は覚悟を決めたように。
そっと。
直人の腕を抱きしめた。
ぎゅっ。
「えっ?」
思わず声が出る。
栞は何も言わない。
ただ。
離れなかった。
恥ずかしそうに俯きながら。
腕を抱いたまま。
「いいですねー!」
スタッフは満面の笑みだった。
「そのままでお願いしまーす!」
パシャッ。
シャッター音。
写真が撮られる。
そして。
数秒後。
栞はゆっくり腕を離した。
「……」
「……」
妙な沈黙。
二人とも何を言えばいいか分からない。
その時。
スタッフが笑う。
「お似合いでしたよー!」
栞。
停止。
直人。
停止。
スタッフは満足そうに去っていった。
しばらく沈黙。
そして。
栞が小さく呟く。
「写真」
「ん?」
「欲しいです」
顔はまだ赤いままだった。
「分かった」
直人が答える。
すると。
栞は少しだけ安心したように笑った。
本当に少しだけ。
だが。
今日一番の笑顔だった。




