第44話 友達だから
結局。
断れなかった。
競技場近くのレストラン。
四人席。
向かいには。
朝比奈夫妻。
逃げ場はなかった。
「好きなの頼んでね」
葵の母が笑う。
「ありがとうございます」
直人は頭を下げた。
横では。
葵がため息を吐いている。
「だから」
「ん?」
「東條くん困ってるでしょ」
「そんなことないわよ」
母は笑う。
全然聞いていない。
父は水を飲んでいた。
静かだった。
だが。
何となく見られている気がした。
気のせいではないと思う。
「東條くん」
「はい」
「大学は楽しい?」
母だった。
「まあそれなりに」
「へぇ」
母が笑う。
「葵は?」
「普通」
「もっと何かあるでしょ」
「ない」
即答だった。
母は苦笑する。
「この子昔からこんなのなの」
「お母さん」
「事実じゃない」
確かにそうだった。
葵らしい。
「朝も一緒に走ってるんでしょ?」
直人が固まった。
葵も固まった。
「お母さん」
「何?」
「何で知ってるの」
「葵が話してたから」
沈黙。
数秒。
沈黙。
「話してたのか」
「たまに」
少しだけ目を逸らす。
珍しかった。
「へぇ」
母は楽しそうだった。
「お母さん」
「はいはい」
全然はいはいじゃなかった。
その時。
父が初めて口を開く。
「東條くん」
「はい」
「陸上は?」
「やってません」
「そうか」
また静かになる。
怖かった。
だが。
次の言葉は意外だった。
「今日はありがとう」
「え?」
「応援」
直人は少し驚いた。
父は真面目な顔だった。
「娘も嬉しかったと思う」
葵が固まる。
「お父さん」
「何だ」
「余計なこと言わないで」
少しだけ顔が赤い。
母が笑った。
「嬉しかったの?」
「普通」
「嬉しかったんだ」
「違う」
完全に遊ばれていた。
料理が運ばれてくる。
食事が始まる。
だが。
思ったより居心地は悪くなかった。
父も母も。
普通に良い人だった。
そして。
食事も終わりに近付いた頃。
「東條くん」
母が笑う。
「はい」
「また来てね」
直人は固まる。
隣で。
葵が頭を抱えた。
「お母さん」
「何?」
「そういうのやめて」
「どうして?」
「どうしても」
母は笑う。
父も少しだけ笑っていた。
そして。
帰り道。
二人で駅へ向かう。
「ごめん」
葵が言った。
「何が」
「お母さん達」
「別に」
直人は首を振る。
「面白かったし」
葵が吹き出した。
「面白かったんだ」
「少しな」
「そっか」
しばらく歩く。
すると。
葵が小さく笑った。
「でも」
「ん?」
「来てくれて嬉しかった」
直人は足を止めそうになった。
だが。
葵は前を向いたままだった。
「ありがとう」
本当に小さな声。
だけど。
ちゃんと聞こえた。
駅が見えてくる。
そして。
月曜日。
昼休み。
学食。
「大会どうだった?」
陽菜が聞く。
「疲れたー」
葵が席へ座る。
「でも楽しかった」
「結果は?」
「二位」
「すごいじゃん」
陽菜が笑う。
直人も頷く。
「速かったぞ」
葵が少しだけ照れた。
「ありがと」
その時だった。
結衣が現れる。
「おはようございます!」
「昼だぞ」
「細かいことは気にしません!」
いつものだった。
そして。
「大会どうでした?」
葵が笑う。
「疲れた」
「その後のご飯も美味しかった」
一瞬。
空気が止まった。
「ご飯?」
結衣が首を傾げる。
「あ」
葵が固まる。
直人も固まる。
「ご飯?」
結衣がもう一度聞く。
「いや」
「誰とですか?」
鋭かった。
本当に鋭かった。
「えっと」
葵が視線を逸らす。
もう遅い。
「お母さん達と」
「達?」
結衣が止まる。
数秒。
沈黙。
「達?」
嫌な予感しかしない。
そして。
葵が観念したように言った。
「東條くんも」
学食が静かになった気がした。
結衣。
停止。
陽菜。
停止。
直人。
頭を抱える。
「え?」
結衣が呟く。
「ご両親と?」
終わった。
全部終わった。
「だから違うんだって!」
葵が慌てる。
「たまたまだから!」
だが。
結衣は聞いていなかった。
「先輩」
ゆっくり。
こちらを見る。
「水族館」
嫌な予感。
「部屋」
やめろ。
「ご両親」
やめてくれ。
そして。
結衣は立ち上がった。
「どんどん進んでませんかーーー!!」




